月と星






「おかえりリンク!」
『お疲れさまです、首尾はいかがでしたか』

 にぎやかに歓迎されて、リンクは少し驚いた。帰還を祝われたことなんて、数えるほどしかなかったのだ。特別な達成感で胸が満たされるようだった。

「四つ全部見つけてきた。タツノオトシゴのトモダチとやらも無事だったようだ」
『上出来ね。海賊たちは、いったん砦に返しておいたわよ』
「タマゴは半分オレが持つよ。海洋研究所に急ごう!」

 ゾーラの仮面をとる時間も惜しい。四人はそのまま研究所に直行する。
 研究所では、博士がタマゴの到着を今か今かと待ちわびていた。リンクとゼロからビンをもぎとって、水槽にぶちまける博士。そんなに乱暴に扱って大丈夫なのだろうか。

「よし、全部のタマゴがそろった。
 ……始まるぞ。早く、水槽の前に来てみるんじゃ!」

 全力でダッシュして息が苦しいのに、容赦なくどやされる。初めて研究所を訪れたゼロは、あまりの人使いの荒さに目を白黒させていた。

 変化は唐突に訪れた。兄弟勢揃いを果たした七つのタマゴたちが、一斉に孵化し始めたのだった。柔らかい殻を脱ぎ捨てたゾーラの子どもは、オタマジャクシそっくりだ。そして、示し合わせたかのように不思議な隊列をつくる。

「コ、コレは……そうか! オマエらにはわからんのか、このゾーラの子のならび方の意味することが」
「さ、さあ」『分かるわけないでしょ、こんなもん』

 ゼロとチャットはぽかんとしているが、

『あっこれは』
「楽器が必要だな」すぐにピンときたアリス、さらにリンクはどこからともなく魚の骨でできたギターを取り出し、構えた。

 正解だと告げる代わりに、オタマジャクシたちは声をそろえて、ある「曲」を歌いあげた。水槽に刻まれた水深を示す横線を五線譜に見立て、オタマジャクシ自身を音符として表した曲を。

 ゆったりとしたボサノバのメロディは、波間に揺られているときや安楽椅子に腰掛けているときにでも聞こえてきそうだ。ゼエゼエうるさかったゼロの息まで、聴いているうちに落ち着いてしまった。

「わあ、いい曲。この子たちは生まれる前から知っていたのかな」
『これは”潮騒のボサノバ”ですね』
『へえ〜。物知りなのねアリス』
『ええ、まあ……』と青い妖精はなぜだか歯切れが悪い。

 目を閉じてボサノバに聴き入っていた博士は、たっぷり蓄えた白いあごひげをなでた。

「う〜むっ。この曲を教えるためにこの子たちが生まれたんだとすると。タマゴを生んだゾーラに、早くこの曲を聞かせてみるのじゃ。いそげ!」

 と、あっと言う間に研究所から閉め出された。謎の焦燥感に駆られて、二人は再び走り出す。
 軽快に砂浜を足ひれで蹴っていくリンクが、ちらりと背後を伺った。

「お前がいると移動が遅いな」
「ごっごめん!」

 ゼロは精一杯スピードを上げた。

 泳げない彼のためにゾーラホールには陸路から進入し、目当ての人がいる可能性の高い、裏の海が見えるテラスへと向かう。
 思った通り。海上に発生した霧のせいで、どことなく鈍い青色の海を、ゾーラの女性がぼうっと眺めていた。鮮やかなマリンブルーのドレスも、暗く沈んで見える。

「タマゴを生んだゾーラの人って……ルルさんだったの?」

 ゼロは目を丸くした。

 リンクは何も言わず、またギターを用意して「潮騒のボサノバ」を演奏した。
 うつろだったルルの目が、ゆっくりと見開かれる。引き結ばれていた唇がほどけ、そこから透き通った「歌声」が流れ出た。声を取り戻したのだ! 彼女が主旋律を刻めば、リンクは伴奏に徹する。観客の少なさがもったいなく思えるような、極上のセッションができあがった。正しく「潮騒のボサノバ」が完成を迎えた――。

 ルルは息を呑んで、ゾーラの姿をしたリンクを注視していた。

「ミカウ、コレはいったい? それに、私の声……」

 堰を切ったように話し始めるかと思いきや、そこで舌が止まってしまう。何が起こったのか分からず動転しているのだろう。

 そのとき。

『ふわぁ〜あ〜っ。よく眠ったぞ〜い!』

 何者かが大きな咆哮を上げた。「な、なんだ!?」その場にいた全員が凍り付く。

 すぐそこの海に浮かぶ離れ小島が、巨大なカメに変貌していた。ヤシの木はカメの甲羅に生えていたのだ。カメはゆっくりと首をもたげ、大きな優しいまなざしで一同を撫でていく。

『ついこの間目覚めたと思っておったが、月日がたつのは早いものじゃ。のう、ルルよ……』

 彼女は肝を冷やし、声もない。

『うん? おどろくことはないぞい。ワシは眠っていても、この海で起きた事は全てお見通しなのじゃ』

 ゼロはハッとした。予言のフクロウも似たようなことを口走っていた。

 妙に人間くさい動作で、カメが肩をすくめる真似をした。

『……ふむ。どうやらルルは混乱しているようじゃな。まあ、ムリもないが。
 さてさて、残念じゃが、あまりゆっくり話をしている時間はないんじゃ。さあ、ゾーラのほこり高き戦士の子よ』

 リンクがすかさず一歩前にでる。

『沖のグレートベイがお前の力を必要としておる。早く、ワシの背中に乗るのじゃ』

「分かった。ゼロ、俺につかまれ」
「え? あ、ハイ」

 甲羅のヤシの木にフックショットを突き刺して、カメの背に乗り込んだ。リンクはルルを一瞥すると、それからはただの一度も振り向かなかった。


←*|#→
(84/132)

戻る

×
「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -