月と星






 翌日。ゼロの背には鏡のような盾があり、リンクの手には金色に輝く不思議な道具が握られていた。

「二つともアタイらの見つけたお宝だよ」

 誇らしげにアベールが言う。彼女が秘蔵の武器防具を貸し出してくれたのだ。無事に仲間に引き入れられてからは、びっくりするほど気前が良くなり、昨夜は宴会まで開いてくれた。それほど、これから手に入る財宝への期待が高いと言うことだろう。もっともゼロは女海賊たちの好奇の目線に耐えられず、ほとんど部屋に引きこもっていたのだが。

 リンクが持つのはフックショットだ。鎖の先端に槍の切っ先に似たものがついている。切っ先を目標物に突き刺し、鎖の縮む力を利用して、こちらからあちらへ素早く移動することができる道具だ。どうやら既知のアイテムだったのか、慣れた様子で取り扱っていた。

 一方ゼロが貸してもらったのはミラーシールド。表面は鏡のように磨かれており、光どころか魔法すら跳ね返してしまうという特別な盾らしい。が、その神秘性を感じるよりも前に、よけいな恐怖を誘いかねないデザインだった。表面に刻まれた、今にも怨嗟の声を発しそうな人面模様と対面したとき、ゼロはごくりと唾を飲み込んだ。

 リンクには重すぎて扱いづらかったので、譲り受けることになったのだが。初めて背負った盾は、どことなく違和感を与えた。

「あっそうだ」

 はたと用事を思いだしたゼロは、がさごそ荷物を探る。目的のものを取り出してから、意を決して頭を下げた。

「アベールさん。あの、ええっと……」
「なんだい。ハッキリ喋りなよ」
「――写し絵を撮らせてくれませんかっ!?」

 一瞬虚脱した彼女は、すぐに満面にニヤニヤ笑いを貼り付ける。

「アタイでいいのかい? 何ならウチの綺麗どころを紹介してやってもいいよ」
「そっ、そういうことじゃ、ないんです。ひとまず一枚だけでいいので、お願いします」

 大海原をバックに、アベールが婉然たる笑みを見せる。ぱしゃり、乾いたシャッター音がした。
 リンクがしみじみと、

「……ああいうのが好きなのか」
「! 誤解だよ、頼まれたんだ。漁師さんに」
「漁師?」
『リンクさんの行方を尋ねた時に、言付けられたんですよ』

 彼が海賊の砦に向かった、と証言した漁師か。律儀に口約束を果たすとは、とんだお人好しだ。

 アベールは、砂浜に待機させていた数名の部下とボートに目配せした。

「それじゃアタイらは、海ヘビの海域を下見してくるよ」
「その間に、海洋研究所にタマゴを返してくればいいんだな」
「オレは漁師さんに写し絵を届けてくるね!」

 三者は各々の目的を果たすため、砂浜を後にした。

 アベールの方は、やはり芳しくなかったらしい。悔しそうに唇をかみながら、真っ先に戻ってきた。

「だめだ、やっぱりキリがかかっていて、海ヘビがいる沖まではたどり着けなかったよ」

 リンクとチャットは、研究所の博士に大量の小言と、ほんのちょっぴり感謝の言葉をもらってきた。

「今日中に水槽に戻さなければ、タマゴの蘇生は不可能だと言われた。まずいな」

 ゼロが金色の生き物が入ったビンを揺らしながら、集合場所に戻ってきた。

「すみません、遅れました」

 チャットがビンの中のキラキラに惹かれ、中身をのぞき込んだ。

『なあに、これ』
「金色のサカナ――タツノオトシゴっていうんだって。写し絵のお礼にもらったんだ」
『……、……』

 アベールも美しい金色に釘付けになっていた。生来の宝石好きの心が騒いでいるようだ。

「おや。なにやら囁いているみたいだよ」
「本当だ」

 一同が息を詰めて耳を近づけた。

『たすけて……早く、トンガリ岩の海にかえして』

『ちょっと、アンタ何やったのよ』チャットは露骨に呆れた調子だった。
「何もやってないよ!? 漁師さんがトンガリ岩のあたりで見つけたって言ってた。珍しいから刻のカーニバルで売ろうかって」
「確かに珍しいねえ。なあ、用が済んだらアタイにくれよ」
「それはダメです! 竜神雲のお宝で勘弁してくださいよ〜」

 アベールが伸ばした腕から、あわててビンを遠ざける。

『あの、タツノオトシゴさんもそんな狭いところでは可哀想ですから、海に放してあげませんか?』

 と、ビン詰めにされた経験がもはやトラウマと化しているアリスが急かした。

 解放したとたん、タツノオトシゴは息を吹き返して、あたりを勢いよく泳ぎ回った。

『お願いがあります。トンガリ岩のタテ穴につかまっている、ワタシのトモダチを助けて欲しいのです。どうか、ワタシのあとについてきてください』

 五人は顔を見合わせる。アベールが口添えした。

「トンガリ岩といえば、海ヘビの巣のあたりだよ。道案内に使えるかもね」

 どうしよう? とゼロは、腕組みしているリンクを見つめる。彼は目を伏せて、

「少し外してくれないか」

 とアベールに頼んだ。一晩経ってすっかり立場が逆転しているように見える、偽ポストマンと少年の二人組であった。

「つくづくあんたたちは、おかしな一行だねえ。――分かったよ」彼女は破顔して、仲間たちの待つボートへ戻っていった。

 リンクは灰色の海とタツノオトシゴを交互に見比べた。

「……ゼロ」

 不意に名前を呼ばれてドキッとする。

「どうしたの」
「ずっと俺についてくる覚悟はあるか」
「あるよ」

 間髪入れずに首肯すれば、理由を問うように冬空色の瞳が瞬く。

「タマゴの事だってオバケ退治だって、リンクのやってることは全部、人助けだから。タルミナの人のためにならないようなことに、剣を使ったりしない。それを、オレも手伝いたいんだ」

 梃子でも動かない姿勢を感じ取った少年は、諦め混じりのため息をつく。

「心構えはわかった。これから見ることは、他人には黙っておけよ」

 しっかりうなずいたのを確認してから、リンクはおもむろにゾーラの仮面を取り出し、かぶった。
 瞬く間にゾーラ族の青年が出現する。ゼロは仰け反った。必死に目をこすっても、面前の光景は変わらない。

「えええ!? リンクはどこに……」

 チャットが答えた。

『結論だけ言うと、さっきの子供とこのゾーラは同一人物よ』
『この方がリンクさんなのですか!』

 アリスも声を張り上げた。ゾーラリンクは面倒くさそうに手を振る。

「深海に潜るには、こっちの姿の方がいいだろう。アベールにはお前から説明しておいてくれ」
「う、うん」

 反射的にうなずく。声色まで別人のものになっているのに、あまりに普段通りのリンクの口調だった。

「チャットも羽が濡れるから、ついてこなくていい。ちょっと待ってろ。海ヘビの巣に潜り込んでくる」

 リンクは海で待っていたタツノオトシゴに、くいっとあごを引いてみせた。『ハイハイいってらっしゃーい』という、チャットのやる気のない台詞を背中に受けて、生ぬるい海に消えた。

『驚いてしまいましたね――ゼロさん?』アリスが青年をかえりみる。
「やっぱり、かっこいいなあ……!」

 先ほどまでそれなりに真剣だった紅茶色は、いつしかとろけて恍惚のまなざしになっていた。


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