* ――春から夏へと近づくにつれて、日光は白さを増していた。屋内から出てきた瞬間は、なおさらそう感じるのかもしれない。次第に目が慣れてくると、「ゼロ」はおかしなものを見つけた。 真っ青な空のキャンバスを、白い紙が割っていく。やがて三角に折られた紙は風にあおられ、今にも届きそうだった塀――城壁だろうか――に、ほんの少しだけ足らず墜落した。 つまらなそうに紙を飛ばしていた「彼女」が、こちらに気づく。そこは屋上のように開けた場所だった。彼女はへりに腰掛け、細い両足を無防備にぶらぶらさせていた。あたりには、墜落したものと似たような白い紙が散らばっている。 「**さん」 振り向いたのは。可憐という単語を、よく似合う洋服のようにぴったり着こなしている少女だった。陽光を反射して、ますます目映い肌。肩で切りそろえられた、月の光のごとく淡い金髪。身を包むのはシンプルな黒のワンピースだが、それがかえって匂いたつような美しさを引き立てた。 「どうかされたんですか」 彼女の美貌に動じた様子もなしに、「ゼロ」は言葉少なに質問したようだ。 「……?」 唇が上下しているのは分かるのに、肝心の言葉が聞き取れない。が、少女には意味を理解できたらしく、紙で折られた物体を指さしてみせた。 「これですか。『空飛ぶ船』、かな」 空飛ぶ船? 「私の故郷の風習ですよ。こうやって紙を折って、遠くにとばすんです。故郷には海がないので、山の向こうからやってくる空飛ぶ船が、果報を運んでくるんですよ。そういう言い伝えです。変でしょうかね」 「……」 そうでもない、と応じたのだろう。彼女はうれしそうに白い歯をこぼした。 「ゼロ」はひとつ、紙の船を手に取った。例に倣って、遙か天空へと放り投げてみる。折しも、追い風が優しく船を運んだ。 「あっ」 空飛ぶ船はすうっと城壁を越えていった。やがて見えなくなる。 「果報、来るといいな」 少女は「ゼロ」を見つめ、頬を染めてはにかんだ。 * 『ゼロさん、ゼロさん』 「はっ、ゴメン。またぼーっとしてたね」 唐突な白昼夢にも慣れてきたゼロは、視野が回復すると同時に我に返った。空っぽになってしまった手を握りしめる。 (今回のはちょっと長かったなあ。それに、これまでより鮮明だった。あの場所はお城――なのかな。デクナッツの城じゃないみたいだったけど) 男はうんうん唸るゼロに気づかず、 「コンマん秒でも予定がくるうと、手紙が届くのが遅れてしまうのだ。公務員はつらいのだ……」 頭を抱えている。赤い帽子を(例のごとくゼロのせいで)なくしてしまったことは、詫びるべきだろう。 「あ、あの」 「配達は何よりも時間が大事なのだ。だから、あとはキミに任せたのだ」 「はい?」ポン、と肩に手が置かれる。 「さらば、なのだ!」 帽子を弁償しろということだろうか? 疑問を残したまま、彼はいずこかへと去ってしまった。 『あの方は、ポストマンですね。何度か見かけたことがあります』ゼロにも聞き覚えがあった。 「ということは、郵便配達をしてるのか。大事な手紙を落として、悪いことしちゃったな。 それにしても『任せた』って、一体何を?」 『さあ……』 そろって首をひねったゼロたちだった。答えの手がかりには、次に訪ねた西の門にて出くわすことになる。 「アッお疲れさまです! 町の外まで配達ですか」 西の門番の態度は、先ほどまでの「旅人」に対するものと明らかに違った。配達という単語を頭の片端に置きつつ、 「緑の服を着た男の子が、こちらに来ませんでしたか?」 門番は大げさにうなずいた。「あの少年ですね。グレートベイに用があると言っていました」 目を輝かせたゼロは、礼を言ってタルミナ平原に出た。 張り切って門をくぐれば、緑の草原と雲がゆったり流れる空が、視界いっぱいに広がった。西の平原の特色は、なんといっても彼方の海へと向かっていく解放感だ。一番初めの「三日間」でも味わった、この感じ。不思議と胸がうずく。もしかすると、この気持ちこそが「懐かしさ」なのかもしれない。 はたと気がついた。ゴーマン兄弟の覆面、ロマーニのお面、そして先ほどのポストハットに触れた時――白昼夢を見た時の感覚と、「懐かしさ」は少しだけ似ている。 (どういうことなんだろう) アリスは未だ納得がいかないようだ。 『さきほどの門番さん、ゼロさんのことをポストマンと勘違いしていたみたいですね。一体どういうことなのでしょう。先ほどぶつかってしまったことと、関係があると思うのですが』 一方で。ゼロにはある考えが、夜空に瞬く一番星のごとくきらめいていた。 「もしかしたらさ。これって、結構役に立つかも」 ――その後、彼らは突然降ってきたポストマンという肩書きを存分に活用して、海賊の砦にたどり着くこととなる。 ←*|#→ (80/132) ←戻る |