月と星






 今日で声が出なくなってからもう二日がたちました。ミカウに知られるのがイヤでエバンに相談したら、タマゴは海洋研究所に持って行き、調べてもらうようすすめられました。
 明日、さっそく行ってみようと思います。

 今日は、あまりに恐ろしい出来事があったため、なにから書いていいのかまとまりません。夜中にふと胸騒ぎがして、目をさましました。ウラの離れ島の前に隠しておいたタマゴが気になって駆けつけると、見知らぬ人たちがたっていました。私はとっさに抵抗しましたが、大事なタマゴをうばわれ、そこから先は気を失ってしまったようです。

 今日、一番知られたくないミカウに全てを知られてしまいました。最初ははずかしくて悲しくてどうしようもなかったけど、その時ミカウがいった言葉に私の心は救われた思いがしました。
 だけど、ミカウ。お願いだからムチャなことはしないで。


* 


『無茶、したのね……バカだわ』

 チャットはしんみりした声を漏らす。恋人を救う戦いの末路が、この仮面だ。リンクは短くため息をついた。

 重い頭を抱えながら部屋を出ると、目前にゾーラの男が出現した。どうやら扉に張り付いていたらしい。女性の部屋に侵入した手前、おおっぴらに驚くこともできず、妙な空気が二人の間を支配した。

 リンクは相手を観察した。「ミカウ」のことを咎めるわけでもない。こちらと視線を合わせないあたり、むしろ挙動不審である。あえて強気に出てみた。

「ちょうどいい。ルルの居場所を知らないか」
「ルルなら裏の海にいるよ! ほら、あの離れ島の前さ」

 妙にきっぱりとした答え。今まで知らぬ存ぜぬが多かった分、新鮮だ。

「そうか。助かった」
「あっミ、ミカウ。し、しまった! いや、ボ、ボクはル、ルルの様子がへんだから……し、心配で……」
「様子がおかしいのか?」

 しかめ面になるリンクに、ゾーラ族の男はすくみ上がる。

「べつに、の、のぞいていたわ、わけじゃないんだ……ボ、ボクはそ、そんなヘンなシュミはないよ。し、しっけいだな……」

(いったい何を言いたいんだ、こいつは)リンクは要領を得ない答えにイライラした。

「あっ、き、急用を思い出した。そうだ、そうだった。ボクもう行かなきゃ!」

 一目散に逃げ出した。チャットはげんなりする。

『何なの? 今のあからさまに怪しい奴』
「ああいうハッキリしない手合いは苦手だな」

 リンクも同意した。

『ともかく、裏の海って言ったわね? さっきあっちでそれっぽい出口を見かけたわよ』

 チャットの先導によって辿り着いたのは、テラスのような場所だった。端に、ぽつんと一人の女性が立つ。ヒレのような耳を飾るイヤリングが、海風に揺れている。

 その横顔は憂いを含み、備わった美しさをいっそう際だたせていた。しかし、これは喪失による美。潮風に涙を乾かすよりも、彼女に似合う表情はあるはず。リンクは笑顔の花を咲かせるその人を――あるいはミカウの記憶の中で――透かし見た気がした。

「ルル?」
「……」

 返事はない。日記どおりに、声を失ってしまっているのだろう。

『あの、悲しげな顔はアンタにナニかをつたえたい……そんな表情ね!』

 チャットが自信たっぷり断定する。

「タマゴのことは、任せてくれ」

 リンクはミカウの代理として、引き受けた。はっとしたルルが瞳を輝かせる。まあた安請け合いしちゃって、と妖精が冷や水を浴びせた。
 苦笑のかけらを片頬にだけ浮かべ、リンクは歌姫に背を向けた。

「ルルのタマゴに関しては、海洋研究所とやらで訊くのがいいかな」
『そういえば日記に書いてあったわね』

 研究所の所在地には心当たりがあった。ミカウが瀕死で浮かんでいた地点の近くに、それらしき建物が構えられていたのだ。

 リンクはすみやかにグレートベイの海へ飛び込む。変に暖かくて皮膚にまといつく水は、確かに異変の兆候を示していた。
 不快感を我慢して海中に潜ったところで、「ミカウ!」呼び止められた。見知らぬゾーラが立ち泳ぎをしている。親しげな雰囲気からして、きっとバンドのメンバーなのだろう。

「ルルにはもう会ったんだな。海賊たちにタマゴを盗まれてから、ルルはああして沖をながめて、ため息ばかりついているのさ」

 この事情を知っているのはミカウ・ルルを覗いて一人しかいない。彼こそがリーダーのエバンなのだ。気持ちが高ぶったエバンは、リンクの肩をがっしと掴んだ。

「……ミカウ! ルルの歌声を取り戻すには、あのタマゴが必要なんだ。平和な海で暮らすことになれてしまった今のゾーラ族の中で、荒くれ者の海賊たちと対等にわたりあえるのは、ゾーラ族の勇者の血を受け継ぐオマエだけなんだ」

 真剣な眼差しは、リンクによってしっかりと受け止められる。

「ルルのことはまだ、バンドのみんなには内緒にしてある。刻のカーニバルのコンサートはみんな楽しみにしてることだからな……。ルルが歌えないから中止だなんて言えないだろ? 本番までもう、時間がない。はやく海賊からタマゴを取り戻すんだ。
 たのんだぞ、ミカウ」

 リンクは力強く首を縦に振った。満足げに白い歯をこぼしたエバンは、綺麗にターンを決め、ゾーラホールに帰っていった。
 小さくなる後ろ姿へと、チャットがひとりごちる。

『勇者の血、だって。ダルマーニ三世のときも、ゴロンの勇者って言われてなかった? ずいぶん縁があるわね』

 リンクは返事をしなかった。


←*|#→
(76/132)

戻る

×
「#寸止め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -