* oh ベイベェー 聞いておくれ もうすぐ ごきげんな カーニバル みんな オレたち まっている だけど、ボーカルのあの娘(こ)は ヘンなタマゴを産んで 声をなくしちまったのさ〜 oh oh 近ごろグレートベイで 何かが 何かが 起きている〜 (そうなの?) oh ベイベェー 聞いておくれ そして あの娘(こ)の タマゴは みんな 海賊ゲルドに 盗まれた すぐに オレは〜 海賊ゲルドを 追いかけたが のされちまって このザマさ oh oh このままくたばるのは 死んでも 死んでも 死にきれね〜 (そりゃ、そうだ!) ダレか、あの娘(こ)のタマゴを つれもどしておくれ〜 ダレか オレの魂をいやしておくれ * 「ジャ〜ン。ありがとう!」 空耳の声援に完璧な笑顔で応えた後、ミカウは仰向けにばったり倒れた。 「ぐふっ……め、目がかすんできた……。もうすぐ、オレは海のアワになって消える運命さ」 リンクとチャットは、口を挟まないよう自制するのに多量の努力を必要とした。 「癒せばいいんだろ、癒せば」と、投げやりな気持ちでいやしの歌を奏でる。バンドマンのゾーラは心地よさげに目を閉じた。瞼の裏に何を見ているのだろうか。 「oh、イェー。熱いサウンドがオレのハートにビン、ビンくるぜ。 オレの唄を墓にきざんでくれ。あの娘のコト、たのんだぜ……」 一瞬前までミカウが生命を唄っていた場所に、ひとつの仮面が落ちる。ゾーラの仮面、とでも呼ぶべきそれは、安らかな死に顔を写し取ったかのようだった。 「『海賊ゲルド』に『あの娘のタマゴ』だな。任された」 リンクはギターを墓標に見立て、砂浜に突き立てた。たとえ亡骸がなくとも、死者には帰る場所が必要なのだ。ダルマーニ三世のように。 「きざむ唄は、さっきのやつでいいか。墓碑名はどうする?」 『伝説のギタリスト、はどうかしら』 「俺はギターの才能には詳しくないぞ」 『アタシも知らないわよ。でも、まあ、”伝説”の称号くらい贈ってあげましょうよ、だって』 死者なんだから。チャットがあえて切った部分を正しく推理し、リンクは墓碑名を決めた。 見知らぬ旅人に埋葬されることを、ミカウはどう思うのだろうか。彼にも友がいただろう。それに「あの娘」はミカウの死を知れば―― 『考えてもキリがないことよ』 図星を指されて、リンクは頬をゆるめた。表情に出ていたらしい。 気を取り直し、早速ゾーラの仮面でミカウの姿に変身する。ゾーラ族といえば泳ぎが得意なことばかり印象にあったが、他にも優れた長所を持っていた。ゴロンよりも頭一つ分視点が高いのだ。より高くに手が届くことは、意外に重宝するだろう。 それに、この姿なら服が濡れることを気にせず海を泳げる。先ほどの救出作業によってびしょびしょになってしまった緑衣を思い出し、しばらくはゾーラの姿でいようと思った。 「あの娘、とやらが誰なのかを確かめる必要がありそうだな」 ゾーラ族は水に生きる種族だ。リンクの知る限りでは、彼らは淡水で生活していたけれど、この際無視する。海中もしくは付近に暮らしているに違いない、と見当をつけて探せば、程なくして目的地はあっさり見つかった。 ゾーラホールという名の集落に「帰還」したリンクは、誰彼かまわず手当たり次第に話しかけた。「あの娘がどこにいるか知らないか?」と。 「キミのカノジョのことかい? さあねえ」 「今日は見てないよ。それよりリハーサル大丈夫なの?」 都合の悪い問いかけは曖昧に流しつつ、情報収集を続ける。首尾はいまいちだった。 「このままじゃ埒があかないぞ」 『ミカウの部屋に行ってみたら? 取っかかりくらいは掴めるかもよ』 「なるほど」 ゾーラホールは集合住宅のようなつくりをしている。ドア横のネームプレートとにらめっこし、「自室」を見つけ出した。他のバンドメンバーと違ってミカウはルームシェアしており、ドラム担当のディジョがちょうど中で練習していた。 リンクに気がつくと、刻んでいたリズムを止めてよちよちと近寄ってきた。胴体に比べて足が小さいので、このような歩き方になる。 「どうしたんだ?」 「うん、あのね〜怒らないで聞いてほしいんだけど……ミカウの練習場所に上がるハシゴ、ちょっと登ろうとしたら壊れちゃったんだ〜。ぼく、ダイエットするからさ〜。ゆるして! ねっ、ねっ!」 示す先に目をやれば、ロフト部分に上がるすべが見事に絶たれていた。リンクが反応に困って無言になったのを怒っていると勘違いしたのか、ディジョは下手に出る。 「これ探しにきたんでしょ? これだけはちゃんと練習場所から救出したんだよ」 まるで心当たりはないが、鷹揚に受け取った。「ミカウマイダイヤリー」と題された冊子だった。日記帳、これはいい手がかりになりそうだ。ディジョから離れて、パラパラめくる。白紙の手前、一番新しく書き込まれたのは、 「朝からエバンにルルのことで呼び出された。すごくあわてていたけれど、いったい何があったんだろう? PS 今週のラッキーカラーはグリーンだそうだ」 『グリーン、ねえ』 チャットはミカウの「奥」にいる、緑衣の少年を見ていた。 不思議な因果をどう解読したのだろうか、当の本人は虚空を睨む。 「とにかく、あの娘の名前が判明したな」 『ルルね。早速部屋に行ってみましょ』 期待を込めて訪ねたものの、留守だった。鍵はかかっていなかったので、罪悪感を押し殺して侵入する。 どことなく殺風景だったミカウの部屋に比べ、女性らしさが加わった内装だった。虹色の貝を散りばめた壁はグラデーションになり、全く飽きることがない。部屋の主がボーカルを担当しているためか、大がかりな楽器はなかった。 白く機能的な文机の上には、耐水性の日記帳が無造作に放置されている。 日記を綴るのがゾーラ族で流行しているのか、と埒のあかないことを考えながら表紙に指をかけた。 『ええっ覗くの?』チャットは嫌がった。『ミカウのならともかく。あんまりいい趣味じゃないわよ』 「分かってる……けど」 言葉尻を濁す。結局は、好奇心でなく人助けのためだから、と良心に言い訳をしながら、最近の日付を探し当てた。 ←*|#→ (75/132) ←戻る |