4-1.ミカウ ごとり、ごとりと重たい音をたてて、機械仕掛けの時計が時を刻み続けている。 クロックタウンの中心に位置する時計塔。その内部では、引きこまれた川の流れによって水車が回っていた。詳しい仕組みはさておき、水車の回転が時計と連動していることぐらいは、リンクにもなんとなく理解できる。 「一日目」の朝、午前六時。この時計塔の中が、リンクの「スタート地点」だった。 「おや、アナタ? ムジュラの仮面はとりもどせましたか?」 そして、糸のような目を顔面に張り付けた男が、いつも通りの「定位置」にいる。 袖から覗く手首は骨と皮ばかり、という貧弱な出で立ちなのに、体重の三倍はあるリュックを平然と背負っていた。荷物の大半は、お祭りの屋台で売っているようなお面だ。 幸せのお面屋、と以前彼は名乗った。が、どうしても商売している姿を想像できない。客を脅している光景はありありと思い浮かべられるのだが――。 「いいや、探している途中だ」 とリンクが首を振った途端、お面屋は鬼の形相へと変貌する。 「まだなんですか! はやくとりかえさないと大変なことになるって、あれほど言っているのに!」 『出た、お面屋の百面相……』 チャットが陰口を叩き、リンクは珍しく渋い顔になる。どうも、この人物は苦手なのだ。 一息ついて、お面屋は先ほどの激昂が嘘のように表情を拭い去った。それこそ「笑顔」という名のお面を被ったかのような急変だ。 「後七十二時間しかありません。時は永遠でないのです。時間を大切にしてください」 「分かってる」 おざなりに返事して、時計塔と町を隔てる扉の前へ進み出る。背中で聞いた激励は、 「アナタならきっとうまくいくはずです。自分の力を信じなさい……信じなさい……」 聞く度に不信心になりそうな台詞だった。 * 時計塔の扉が開く。一拍おいて、釘を打ちつける小気味よいリズム、人々の靴音、かすかな衣擦れの音――生活音たちが広がった。「一日目の朝」、クロックタウン南は活気に満ちている。 息を吸って吐いて、手のひらを握って開いて確認。リンクの体調は万全に回復していた。 「海に向かうぞ」 『オッケー!』チャットが意気込んで答える。 例のごとくフェザーソードを通行証代わりにして西門をくぐり、タルミナ平原に出ると、リンクはすかさずオカリナを吹いた。 『その曲は?』 「エポナの歌、エポナを呼ぶための歌だ。元の飼い主から教えてもらった」 大まじめに解説するリンクに、妖精は懐疑のまなざしを向ける。 『え、呼ぶって――いくらなんでも、平原の向こうまで聞こえるわけないでしょ』 待つことしばし。遙か南のロマニー牧場からまっしぐらに駆けてくるのは、まさしく「前回の三日間」で取り戻した子馬だった。 『相変わらずそのオカリナ、掟破りだわ』 呆れ声を聞き流し、リンクは子馬の首を優しくなでる。ロマニー牧場でしっかり手入れされていたのだろう、毛並みは整っていた。 エポナの背にまたがり、一路西へ。徒歩より断然距離が稼げ、おまけに疲労も少ない。気持ちよくゼリー状のモンスター・チュチュを蹴散らし、本来なら「前回」やってくるはずだった、グレートベイの海岸にたどり着いた。 「これが海か」 目の前いっぱいに広がる水平線に、リンクは心打たれたようだった。 『もしかして。海、初めてなの』 「内陸国にいたからな」 返事はどこか上の空だ。うねる海原に視線が吸い寄せられる。 ふと、かすかな違和感を覚えた。水の色が音に聞いたマリンブルーでなく、灰色がかっているのだ。それに、 「風が生温いな」 吹雪放題の山よりは有り難いが、どことなく不自然だった。 『妙にカモメが多いわね』 その呟きを耳に入れた瞬間、さっと顔色を変えたリンクが、砂を蹴って海へと向かった。妖精があわてて追いかける。 『どうしたのよ、いきなり!』 ブーツをまとわりつく海水から引き抜きつつ、 「鳥が水面を狙っているんだ。どういうことか、分かるだろ」 波が腰まできたところで、リンクは泳ぎに切り替える。森育ちと聞いていたものの、泳ぎの腕は大したものだった。 『まさか、エサがあるってこと?』 答えはすぐに見つかった。カモメたちが描く円の真下。腕に入れ墨を彫ったゾーラ族の男性が、波に翻弄されていた。場違いにも、魚の骨でつくられたギターを握りしめている。 「……うぐっ。ダレか……ぐふっ。オレを……げふっ。岸まで……運んでくれないか……」 これはまずい、と悟ったリンクはゾーラの腕を引っ張り、Uターンして陸を目指した。しかし、ここにきて体格差が仇となり、思うように進めない。焦りだけが無駄につのった。 「大丈夫か!? しっかりしろ――おいっ」 どうにかこうにか砂浜に引き上げられたゾーラは、自力で立ち上がって二、三歩踏み出した。四歩目で足が崩れ、すんでのところでリンクが支える。 (冷たい……) 血が流出し、美しいアクアマリンの光沢を持った肌色も、すっかり失せてしまっている。波に洗われた傷口は、チャットが思わず目を背けたくなるほどだった。 リンクは眉一つ動かさず、エポナの背に預けていた荷物から道具を取り出し、応急手当を施す。 「ううっ。オレはゾーラ族のミカウ……ゾーラバンドのギタリスト」 苦しげな吐息が発言の間を埋める。できる限りの処置を終えたリンクは、険しい顔でミカウを眺めていた。 「オレは、もうダメだと思う……オレの最後のメッセージを……聴いてくれないか……?」 「ああ、いいぞ」 返事を聞くや否や、リンクすら舌を巻くほどの反射神経でギタリストが飛び起きた。後生大事に抱えていたギターを構え、ヒレのついた足で砂浜を蹴ってリズムを取る。 「ワン・トゥー・スリー!」 ←*|#→ (74/132) ←戻る |