リンクの食事は静かに進んだ。ルミナは隣で話を切り出すタイミングを探りながら、黙ってミルクを飲む。やはりこの喉ごしとコクがたまらない。そのうち、マスターは気を利かせて「掃除用具をしまってきますね」とスタッフオンリーの扉の向こうに消えた。 ルミナはガラスのコップをカウンターに置いた。澄んだ音が予想よりもよく響く。 「『前回』のこと、覚えてるんだよね?」 「ああ。上着、貸してくれて助かった」 今も彼女が羽織っている白いコートのことだ。「へえ、そっか」こんなものが役に立ったのだ、とちょっぴり嬉しくなった。 次の言葉までまた少し、間があいた。ルミナは空になってしまったコップをぼんやりと見つめる。 「なんで同じ三日を繰り返してるんだろう。永遠に変わらない三日間。何をやっても虚しいよ。いっそのこと、月が落ちちゃっていっぺんに滅びてくれればいいのに……。 リンクは、そう思わないの?」 「思わない」 その語調は強かった。背景と化していた妖精が、はっとしたように震えた。 「どうして?」 「自分にできることを、できるかぎりやっているから、な」 「できること……」 どんな些細なことでも三日ですべて無に帰す世界だ。できることなどあるわけがない、とルミナの瞳は語っていた。 リンクはにわかに怒りを覚えたようだった。 「別に、ルミナは何もしなくて構わない。繰り返しに気づかない他の奴らと同じように、お前が行動を起こさなくても、タルミナは救われる」 つっけんどんに言い放ち、彼は不器用に扱っていたナイフとフォークを放り出した。単品でじっくりと味わえなかったシャトー・ロマーニのビンを、口惜しげに睨む。そうしてから、ルミナに向き直った。 「何故時の繰り返しが起こっているのか、知りたいんだろう」 前から大人びた少年だとは思っていたが、バーの間接照明に浮かんだ彼は、正真正銘の大人に見えた。半ば夢の中にいるような心地で、ルミナはうなずいた。 「月の落下を阻止するためだ。繰り返しの犯人は、俺だ」 明日の天気でも告げるかのように淡々と告白して、彼は青色の綺麗なオカリナを取り出した。 流れ出た旋律は時のゆりかごを揺らして、タルミナに存在するすべてのものを、分け隔てなく三日前へさらってゆく。 * 「飽きた」 時計塔の一番上。カーニバルの前夜を除けば、常人は決してたどり着けないはずのその場所で、「彼」はぷかぷか浮かんでいた。ひどくつまらなそうに。 『じゃあ月を落とすのをやめようよ、スタルキッド。飽きたんでしょ』 「ふん」 紫色の妖精・トレイルの明るい提案を、スタルキッドは言下に否定した。いつもなら完膚なきまでに希望の光を叩きつぶすところだが、今は圧倒的にやる気が不足していた。 明らかに気乗りしていない様子の小鬼から離れて、トレイルはひとりごちる。 『ネエちゃん、来ないな』 強気な姉がここまで追いかけてきて、スタルキッドの横っ面をひっぱたいてくれることを期待していたのに。しかも、トレイルは姉の知らない大事な情報を握っているのだ。一刻も早く彼女に伝えたかった。 『沼・山・海・谷にいる四人の人たち……はやく、ココに連れてきて……』 片やスタルキッドは。すっぽり顔面を覆った――現在はかつての友達よりも、よほど信用している――仮面に語りかけた。 『なあムジュラ、どうしたら楽しくなるんだろう?』 頭の中で「誰か」が囁いた。もっと苦しめることだ、人々の嘆きこそが最上の糧となる。他人の不幸は蜜の味。それは魅力的な提案に思えた。 だが、ひとまずは月を落とすことに専念だ。タルミナを無茶苦茶に壊すこと。それこそが「彼ら」に対する復讐なのだから。 ←*|#→ (73/132) ←戻る |