月と星






 リンクは鐘の音で目が覚めた。長く尾を引く音色が三つ。まさか深夜ではないだろうから、午後三時、日も傾き始めた頃合いだろう。

 ゆっくりと瞼をあけた。カーテンから漏れる光には少し朱が混じる。接近した月の影響か、「三日目」の空は終末を感じさせる嫌な色に染まるのだ。

(寝坊したな)

 久々に、片手で足りない睡眠時間をとった。昨日といい、自分はどうしてしまったのだろう。

 そういえば、と思い出す。彼は故郷では「ねぼすけ」と呼ばれていたのだ。それでも今からすれば、ごく平均的な起床時間だった。あの森では、夜明けとともに活動を開始するのが普通だという前提があって、ねぼすけ扱いされたのだ。

 その染み着いた癖も、いつの間にか直ってしまった。「相棒」に毎日たたき起こされていたおかげで。

 現在の相棒は、リンクの起床に気づいてどこからともなく舞い戻ってきた。

『ずいぶんよく寝てたわねえ』

 台詞の成分は、「精神はともかく体はごく普通の子供だったのかしら」という再認識が四十二パーセント、「昨日だってあれだけ寝ておいて、いいご身分ね」という呆れが五十六パーセント、「夢も見ないような眠りかあ……」という羨ましさが二パーセントだ。

「まあ、な」

 万感の思いがこもったチャットの台詞を軽く受け流す。

 部屋に備え付けの鏡には、あちこち跳ねて癖になってしまった、タンポポ色の髪が映っていた。長時間姿勢を崩さなかったせいで首が固まり、働くことを拒否した脳の反抗による頭痛も少々。さらには拭いきれない眠気が、冬の空のような色の瞳を半眼にしていた。

 額がじわりと熱を帯びている。リンクは目を閉じて、宣言した。

「意地でも『今回』のうちに風邪を治す」

 汗じみた寝間着を着替えようと、荷物を探ったところで気づく。窓際に、青い液体の詰まったビンとルピーが置かれていた。そばには大きな茶色の羽根が一枚落ちている。

 ビンの中身については、記憶の引き出しに残っていた。青いクスリだ。ルピーは宿代だろう。そして、あの喋るフクロウがメッセンジャーとなったことを、この羽根が証明している。

「律儀だな」と、感謝するよりも先に呆れた。昨日一日行動を共にした、妙に親切なコンビを思い出す。
 チャットが訝しげにのぞき込んだ。

『……これ、飲むの?』
「効き目だけは確かだからな」

 息を止め、リンクはクスリを一気に飲み干した。口から鼻へと強烈なニオイが抜けていく。

 魔法のクスリは、飲んでから一定の時間痛みを和らげる短期的な効果と、その夜ぐっすり寝れば体調を大幅に改善させたり怪我を治したりする、長期的な効果をもつ。風邪にも効くのはこのためだ。

 良薬は口に苦し、というが、魔力を回復するクスリは特にひどい味だった。材料に問題があるのだろう。

 空っぽの胃にどろりとした流体が溜まったことが発端となり、リンクは押さえきれない食欲を感じた。何かを食べたい、と思ったのは久方ぶりだ。お腹のあたりを指でなぞる。
 まさか、こんな時間帯に宿の食堂で料理が出てくるわけがない。空腹を満たすには外に出るしかなかった。

「出かけてくる」

 簡潔に告げ、身支度を整える。迷った末、剣と盾は置いていくことにした。おかげで肩が軽い。丸腰で出歩くのは、一体いつ以来のことだろう?

 ナベかま亭の玄関へ向かうべく部屋のドアを開けたが、ふと思い立って行き先を変えた。

『階段、こっちよ?』チャットの指摘にも耳を貸さず、彼は隣の大部屋の戸を叩いていた。
 リンクが積極的に他人と関わろうとするのは非常に珍しく、チャットは何事かと表情を盗み見た。

 何故かそこにあったのは、イタズラを始める前のような――正義の秘密結社・ボンバーズの悪ガキにこそぴったり似合う、楽しげな面もちだった。


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