* 『ほんとーに、助かりましたあ……』 盛大にため息をついて、山の大妖精は感謝の意を示した。複雑に編み込まれた、長いスミレ色の髪。夢見るような淡いパープルの瞳。儚さの中にも圧倒的な存在感を合わせ持つ、それが大妖精だ。 三人目との対面といえど、慣れるわけもなく。ゼロはどぎまぎしながら口を開いた。 「いえいえ。それにしてもすごいですね、おひとりで妖精珠を集められたなんて」 スノーヘッドの神殿近くに穿たれた洞窟内に、この妖精の泉は存在していた。そこには紫色の妖精珠が一匹も欠けることなく、ひしめいていたのだ。 『違います。みんな、おうちが恋しくなって帰ってきたんですよう。一ヶ月も家出していたんですから』 そういうものなのだろうか、元の大妖精の性格によるものが大きい気がする。もし他地方の妖精珠もこうだったら……。海や沼での苦労を思い起こした。 眉をハの字にするゼロに、山の大妖精はぺこりとお辞儀をした。 『これ、お礼です。受け取ってください』 促されるまま両手を差し出せば、見覚えのある形状の青い矢尻を渡される。 『氷の矢尻ですよう。沼のお姉さんが炎の方をあげたそうですので』 「沼のお姉さん」の言に思い当たる節があって、ゼロは訊いてみた。 「対抗心ってやつですか?」 『そうです』にこりともせずに大妖精は言う。アリスは少し笑ったようだった。 「ところで、ゴロンの長老さんの行方、分かりますか」 『ヒト探しですか。りょーかいです。……むうん。あ、いましたね。ゴロンの里の近くです』 『えっ』 アリスが瞬いた。 『正確には、山里とゴロンの里の間ですね。大きな池があるあたりです』 ゼロは疑問符を浮かべる。 「あのあたりはオレたちも通ったし、里のヒトが探してないわけないのに」 『身動きがとれなくなってるみたいですので、急いだ方がよろしいかと』 「それを早く言ってくださいよ!? あ、ありがとうございましたっ」 慌てて外に飛び出すと、神殿守のダイゴロンが迎えに来ていた。 「長老の手がかり、あったゴロ?」とんでもなく大きな声が鼓膜を震わせる。山彦で跳ね返る余韻に負けないよう、ゼロも声を張り上げた。 「山里との間の池のあたりにいるそうです」 「ゴロンレースの入り口のとこね、了解ゴロ!」 勇んだダイゴロンは、ただでさえ広い広い歩幅をさらに二割ほど拡大して駆けていった。二人は必死に追いすがる。 ゴロンの里から山を下り。冷たそうな水で満たされた池のほとりへとやってきた。すでにゴロンたちは散開して捜索活動に当たっている。 溶け残った雪が、そこここに積もっていた。中でもひときわ高い小山が、妙に引っかかる。雪かきをした後に一カ所にまとめておいたのだろうか。 「ね、もしかして」 『あの雪の中に長老さんが……?』 ゴロンたちと協力して雪の固まりを掘り起こした。すると、透明な氷に包まれた、枯れ木のようなゴロンが現れる。 「長老ー!」 「凍っちゃってるゴロ!」 「あちゃー。こりゃきっと、滑って雪につっこんじゃったんだゴロ」 父親のこんな姿を目にしては、ムスコも泣くのをやめてため息をつきかねない。氷付けになった長老は、ちょっと間抜けだった。 ゼロは張り切って前に出る。 「オレに任せてください」こういう時は炎の矢の出番だ。さっそく弓を構えたとき、 『ゼロさん!』 アリスが鋭く叫んだ。 「大丈夫、至近距離だし長老さんには当てないから」と意気込んだのだが。 『それ、氷の矢です!』 「え?」 アリスの制止もむなしく、矢からは凍てつく魔力が放たれた。 ←*|#→ (70/132) ←戻る |