* 「粗茶だゴロ」 「あ……どうも」 石をくりぬいてこしらえた湯呑みに、たっぷり揺れる液体は透明だった。 「これ、お茶じゃないよね。お湯だよね」 『アキンドナッツさんがおっしゃっていた温泉水じゃないですか?』 「なるほど。お、体があったまる」 「粗茶」をすすりながら待つ。そうしていると、うわーんうわーん耳鳴りがするくらい聞かされた泣き声が、おさまった。 「はあ〜、助かったゴロ」 やれやれといった体で隣の部屋から顔を出したのは、先ほどゼロと水掛け論を繰り広げた、小さい方のヒト――「ゴロン」という岩を主食とする種族の一人だった。現在ゼロたちは、山ナッツの言っていたゴロンの里の中心部・ゴロンのほこらへお邪魔していた。 「それで、様子は……」 ゼロが心配そうに尋ねると、ゴロンは首を横に振った。 「今は妖精さんと遊んで機嫌よくしてるけど、長老が帰ってこないとどうにもならないゴロ」 「そうですか」 仕方あるまい。ここはひとつ、山の大妖精には子供のご機嫌とりに励んでもらおう。 途切れ途切れの説明を聞いた限りでの現状は、こうだ。里の長老の不在により、そのムスコ(ゴロン族の幼児である)は寂しくて泣き出した。ゴロンたちは手を尽くしてあやしたのだが、彼は瞳に涙をため込むことを忘れてしまったように、泣き止まない。 はじめは同情心をくすぐられたゴロンたちであったが、徐々にその存在を脅威と感じ始めた。何せ、その泣き声というのが並大抵ではないのだ。ゼロがたどり着いた時には、寝不足などの症状により里は壊滅状態だった。 一計を案じたゴロンたちは、スノーヘッドの神殿――ウッドフォールの神殿と同じく、四方の神を奉っている――の近くに居を構えていた、山の大妖精に助けを求めた。結果、紫に光る珍しいおもちゃを発見したのだった。 実は、率先して大妖精を捕まえたのはダイゴロンという名の神殿守(見上げるほど大きなあのゴロンだ)だったらしい。何とも罰当たりな話だとゼロは思った。 「あの子は長老の子守歌が大好きなんだゴロ。あの歌さえあれば、一発で眠ってくれるのに」 『長老さんはどうされたんです』 ゼロの世話役を買って出た(ムスコの相手をするのが嫌になったと見える)、比較的元気なゴロンはうなだれた。 「ダルマーニの墓参りに行ったきり行方不明に……墓守も見てないって言うし」 「ダルマーニというのは?」 固有名詞を知らないのでいちいち面倒である。 「オラたちの勇者ゴロ。ダルマーニ三世ね。山に春を取り戻したのも、ダルマーニだゴロ!」 ゴロンは誇らしげに胸を張った。「春を取り戻した」という箇所が気になる。山に遅れてやってきた季節と関係があるのだろうか。 いや。今は答えの見つからない思索よりも、大妖精の救出が最優先だ。 「とにかく長老さんがいれば、大妖精様なしでも泣きやんでくれるよね。尋ね人探しで一番手っとり早いのは――」 リンクを捜し当てたときのことを思い出す。あの時頼りになったのは、沼の大妖精の情報だった。 (あっ……それじゃだめだ) 大妖精を元に戻すには、彼女抜きで事を収めなければならない。その為には、力を取り戻した大妖精が必要なのだ。矛盾だらけのループに思考が止まりかけたところで、 『長老さんを連れてくるまで、ムスコさんには別のもので我慢してもらえばいいのでは?』 「なるほど!」 ナイスな提案に同意して、ゼロはゴロンに質問する。 「子守歌と妖精珠以外で、ムスコさんの好きなものってありますか」 「そうゴロね。回るものが好きだゴロ。ダルマーニが生きている頃は、よくまるまりジャンプをせがんでいたゴロ。ゴロンレースも大好きゴロ」 そういえば山の大妖精も、ヒトの周囲をくるくる回る癖があった。 「回るもの、回るもの……」 没頭するうちに、寒気が腕をかけ上がった。 「へっくしっ!」 『大丈夫ですか?』 「う、うん。ここはちょっと冷えるね」 春といえども、標高のせいもあって夜の冷え込みはきつい。そこかしこに燭台があるのにも関わらず、それらには火が灯されていなかった。部屋の明るさはランプで保たれているが、ガラス越しでは暖かさに欠ける。 「あっ、ごめんゴロ。そのかがり火、長老のムスコの泣き声で消えたまんまだったゴロ」 「泣き声で?」 「泣き声ゴロ」 音量に関しては、確かに勘弁してほしいレベルだったが。声で炎がかき消える光景。一度お目にかかりたくなってしまった。 「うー寒いゴロ。火を点けたくても、火種がないし……」右往左往するゴロンを後目に、ゼロは腰に吊していた矢筒を探った。 沼の大妖精から賜った、炎の矢を弓につがえる。時間の繰り返しを挟んでも持ち越せる、ゼロの大切な所持品だ。 ゆっくり狙いを定めれば、矢の切っ先から炎が立ち上った。不思議と指先は熱くない。張りつめていた弦を解放し、燭台を射抜いた。軌跡をそっくりトレースして、魔法の炎が走っていく。 「アッ、かがり火が……すごいゴロ!」 ゴロンの歓声に、ゼロは得意満面だった。このくらいなんでもない、という風に取り澄まして言う。 「火種はこれでいいですよね。何か、火を運べるようなものありませんか?」 「デクの棒がそのへんにあったはずだゴロ」 ゴロンの集落であるほこらは、豪雪にも耐える頑丈なつくりだ。その分厚い壁の端に、木の棒が束ねて放置されていた。よく乾燥した軽い棒。きっと冬の間は薪に使うのだろう。ゼロはそれをひとつ引っこ抜いて松明代わりにし、他の燭台に次々火を移していった。 すると。 「え……?」 天井に吊されている、ゴロンの顔を戯画的に描いたシャンデリアが、音を立てて回り始めた。 「こんな仕掛けがあったなんて、知らなかったゴロ!」 長年ここで暮らしているであろうゴロンでさえ、この驚きようだ。ついでに、シャンデリアが動いた拍子に落ちてきた岩(特上ロース岩といって、ゴロンたちの大好物らしい)を目ざとく見つけ、「誰かの非常食ゴロね」と羨ましそうによだれを垂らしていた。 ぐるぐる回転するシャンデリアを視界に認めた瞬間、ゼロはピンとくるものがあった。例えるならば、パズルのピースがピタリとはまったような感覚。 『ゼロさん』 同じく啓示を受けたアリスに向かって、ゼロはにっこり微笑んだ。 「回るもの、あったね」 ←*|#→ (69/132) ←戻る |