* 『いやあに静かだったわね、アンタ』 ナベかま亭の一室。ベッドメイキングによってきちんと撫でつけられていた掛け布団を乱し、腰掛けたリンクが、冬の空のような瞳の中に妖精を捉える。 「まあ。唯々諾々と従った方が、おとなしく消えてくれると思ったから」 平然と毒を吐きながら、あてがわれた自室の鍵をいじる。落ち着いた声は熱に揺れることはなく、どこまでも不敵だった。チャットは嫌な予感がした。彼の行動が読めたのだ。 『まさか……これから出かけようっての!?』 「昼間ずいぶん寝たおかげで、体も軽くなったし、な」リンクは悪びれもしない。 『かっ勘弁してよ。こっちはもうクタクタなんだから。それに、また倒れられたりしたら、アタシじゃ助けられないのよ』 「そんなへまはしない」 と断言すれば、『もう知らないっ』妖精は窓の方へ飛んでいってしまう。 リンクはこっそり微笑をひらめかせ、出かける支度をした。鋼鉄製の盾を背負い、フェザーソードを鞘に収める。 自分の体調は把握していた。正直思わしくない。だがそれよりも、彼は「このまま宿でゆっくりする」という無為に耐えられないのだ。限られた時間を療養で過ごすなど論外だった。 「次は、海にでも行くか」 チャットにも聞こえるように呟いた。そして、声をかけずに部屋を出た。 ぐるりと北から回ってクロックタウン西へと向かえば、門を守護していた自警団の兵士に身咎められる。 「これ、キミ待ちなさい! この先の海に何か用かい? 夜はブッソウだから、キミのような子供を一人で外に出すわけには……」 リンクは手慣れた様子で背中のフェザーソードを示す。 「こういう事情があるのだが」 兵士は目を丸くした。 「……剣? 失礼、子供あつかいして悪かったね。この先は海が見えるグレートベイだよ、気をつけて」 このように。門兵は、武装さえしていれば(驚くべきことに)深夜でも子供に外出を許可してくれる。 『ちょっとこいつら、いい加減すぎるんじゃないの』 「そのおかげで、こちらは助かっているがな」 好き放題愚痴をこぼしながら、結局チャットはついてきていた。 こうして西の門からタルミナ平原へ出ると。 『ねえ、音楽が聞こえない?』 夜の平原といえば魔物たちの独壇場だ。腕に自身のある旅人でも、滅多なことでは闊歩したいと思わないだろう。それこそ、リンクたちのような時間制限がない限りは。だから、人工的な楽曲が耳に入るのはおかしいのだが―― 「本当だ」 メロディアスな音色が気を引いた。カーニバルに訪れた楽士が魔除けの歌でも奏でている可能性だって、なきにしもあらず。二人は誘われるように進路を北に変えていった。 『あれっぽいわね』 チャットの視線の先に、キノコのような形の岩の上に乗った、ぬるりぬるりと踊る影が映る。それは月明かりに照らされて(顔があっても月は明るいのだった!)、得体の知れない化け物のようだった。 (なんだあれは) 用心しつつ歩を進める。影は男性のようだった。ただし、体の向こう側が透けて見えている。 リンクが近づくと、踊り続ける男は口を開いた。 『われ死して……月になげき……我が舞を世に残せず……ただ悔いるばかり』 厳かな声だ。が、すぐに甲高い声が重なる。 『(訳)くやしいぜお月さんよ、オレは死んじまったぜ! あ〜あ、オレのダンスで世界中を熱狂のルツボにする予定だったのによ〜。この新作ステップ、ダレかにレッスンしときゃよかったよな〜』 死者の嘆きにしては、あっけらかんと明るかった。どうにも不釣り合いな言葉に、リンクですら唖然としてしまう。 チャットはしばしの自失状態から戻ってきた。 『ね、これってもしかすると』 「亡者。ダルマーニのたぐいのようだな」 いかにも気が進まないという風にもったいぶって、リンクはオカリナを取り出した。この世に未練を持つ亡霊ならば、魂を癒すまでだ。単なる慈善事業ではなく、慰められた魂から生成されたお面は、道を切り開くための力となってくれる。 霊魂を成仏させるメロディ・「いやしの歌」が演奏され、男は光の粒子へと還っていった。元々細い目をさらに糸のようにして、幽霊ダンサーは踊り狂う。 『我が舞を世にまき……育てよ……。 (訳)あんたにおしえたからな、流行らしてくれよ、な!』 リンクは曖昧にうなずきつつ、 「分かった。最後に、お前の名を教えてくれないか」 『カリスマダンサーのカマロとはオレのことだ!』 最後の光が消えた。「……はあ」どうもカマロとは波長が合わなかったらしい。オカリナをつかむ手には疲労が残った。 『これ、忘れないでよね』 チャットに指図されて、リンクはキノコ岩の上にぽつんと落ちている「カマロのお面」を拾った。のっぺらぼうの上に、小さなカマロの頭部がくっついた、奇妙な形のお面だった。 『まったくー。遺言ばっかり授かるわねえ』 「最期を見届けた者の義務だ」 こういうところで、彼は妙に生真面目だった。放っておけばいいのにと思う反面、チャットはそんな部分が嫌いではない。 一息ついた時、妖精が鋭く叫んだ。 『ちょっと待って! 何かくるわよ』 素早く身を伏せた。キノコ岩の下の窪地を縄張りとしている、雪の魔物・イーノを刺激しないよう気を配りながら。光が目立つので、チャットもリンクの帽子の中にもぐりこむ。 クロックタウンを囲む壁を乗り越え、「山」を目指す二つのシルエットがあった。一つはデク花で滑空するデクナッツか。バサバサ羽音をたてているのは知り合いとも呼べる、喋るフクロウだった。その足には小さな青い光を従えた、人間が掴まっている。 リンクは直感した。ゼロとアリス。 『おかしいでしょ、なんで平原に出てるのよ。アンタの薬を買いに行ったんじゃなかったの』チャットも一団の正体を察したようだ。 「さあな。こちらとしては好都合だが……」 ふと、リンクはゼロの発言を思い出して顔をしかめた。寝不足を指摘されたときのことだ。もう十分寝たとリンクが主張すると、「きっと、ロマニーが心配すると思う」。言外に「もちろん、オレたちも、ね」と含めていた。 タルミナにやって来て、放り込まれたのはほとんど同じ状況なのに、リンクとは全く違う行動をとる青年。寄り道だらけの、蛇行した道のりをのらりくらりと歩く二人――。 「帰る」 え、とチャットが振り向く。彼はもう空を見ていない。 「やる気が失せた。どのみち、一日で海の攻略は不可能だ。せいぜいゆっくり休んで、次に備えるさ」 宿まで手配してもらったしな。皮肉げな台詞だったが、声色はからりとしていた。 銀髪をなびかせて山へ上っていくゼロに、背を向けて。リンクは最期の日を迎えるクロックタウンへと帰っていった。 ←*|#→ (66/132) ←戻る |