「こんな夜中にカンカンカンカン、うるさいッピー!」 完璧にご立腹な調子の、沼地で親しんだデクナッツがそこにいた。少し体が大きく、王宮にひしめいていた彼らよりも造作は剽軽だった。いかにも揉み手が似合いそうだ。下半身はオレンジ色のデク花にうずめている。 ゼロはすぐさま謝った。頭の中にひらめくものがあった。 「ごめんなさい。あの、あなたがもしかしてアキンドナッツさん?」 「ワシ? そうだッピ」 途端、ゼロは水を得た魚のように勢いづいた。 「青いクスリ、売ってください!」 「あー悪いけど、売り切れッピ」 『そんな……』 たちまち絶望に彩られておろおろする二人を見て、アキンドナッツは同情心が沸いたらしい。 「待つッピ。青いクスリなら、確かスノーヘッドにいる奴が売り物にしていたッピ」 「本当ですか!?」 「ワシ、これから店をしめて、かーちゃんにみやげでも買って里に帰ろうと思っていたッピ。でも、予定変更してお客さんを案内してもいいッピよ。ただし料金は高くつくけど。 本当は月の涙っていう宝石がよかったけど、山の温泉水も美容と健康にいいッピ、妥協するッピ」 ゼロはひそひそ相談した。 「ねえアリス。スノーヘッドは山だから、北にあるんだよね。沼で買うのとどっちが早いかな?」 と、そのささやきを耳聡く聞きつけたアキンドナッツは、たちまち渋い顔になる。 「あのばーさんはやめた方がいいッピ。もうトシだから、魔法のキノコなんてろくに見つけられないッピ」 さんざんな悪口でも、嫌味には聞こえなかった。商売敵をこき下ろすのは一つのテクニックだ。 『でも私たち、急いでいるんです』 「最近沼は品薄が続いているんだッピ。山ならお安くするッピ!」 こうなったら乗りかかった船だ、ついていくしかない、とゼロは腹を決めた。アリスは、よけいに風邪薬までの道のりが長くなった気もしたが……。 「じゃ、お願いしまーすっ! 代金はいくらですか」 嬉々としてサイフを取り出す彼に、アキンドナッツが反応した。 「お客さん、そのサイフは!?」 「これですか? 一応、オレのものですけど」 サイフというのは、ルピーのマークが刺繍された、何の変哲もない皮袋である。ゼロが意識不明で倒れていたときからの付き合いだ。そこそこの重さがあり、金銭的には困窮していなかったことが伺える。おかげで一ヶ月の宿代も楽々支払えた。 ただ、自身の正体への糸口としてはやや心許ない。少なくとも「お腹が減って倒れていた」というオチではないことだけが、このサイフによって判明していた。 戸惑うゼロに向かって、アキンドナッツは手をぶんぶん横に振った。 「代金はいらないッピ」 「へっ?」 「サイフ、しまってくれッピ」 「はあ……」突然手のひらを返された原因がさっぱり分からないまま、言うとおりにする。アキンドナッツは眩しそうにしていた。 「そのサイフを持っている人に出会えて、商売人としてワシは幸せだッピ。さあお客さん! 山までひとっとびするッピよっ」 「……お。おー!」 とはいえ、ゼロに翼はない。ウッドフォールの神殿からの帰り道でも、これで苦労したのだ。移動手段について質問しようとしたところ、 『ホーホッホッホ』 聞き覚えのある声がした。決して高笑いではない。腹の底から出す、よく響く鳴き声だ。ゼロは皮膚がざわりと泡立つのを感じた。 『迎えにきたぞ、紅き瞳の青年よ』 「予言のフクロウ」 普段よりも低い声で応じる。軽く足を開き、自然と警戒体勢に移行していた。 『ゼロ、さん……?』 いつもと百八十度異なる素振りに、驚いた。アリスの知らない人物がそこにいた。だが彼は、妖精を気にかける余裕もないようだ。 「何故ここにいるんだ」 『なにを、お主が呼んだのじゃろう』 「――あの像か」すでに白い光を失っているフクロウ像を、目をすがめて見やった。 フクロウはにんまりした。猛禽類なのに奇妙にも人間くさい表情は、まるで好々爺が目を細めたようだった。 『そうじゃ。急いでいるのならば、このワシの助けが必要じゃろう?』 ウッドフォールの神殿へ向かったときのように、また力を貸してくれるらしい。 「……ああ」 ゼロは視線をフクロウに固定していて、妖精からは顔色を伺えない。冷え冷えとした雰囲気を漂わせる彼は、どんな面もちなのだろう。 「行こう、アリス。いいよね?」 『あ……はい』 アリスは青の光を思慮深く明滅させた。アキンドナッツが号令をかける。 「準備万端、さあ行くッピ!」 四者四様の思いを乗せて、アキンドナッツとフクロウは飛びたった。 ←*|#→ (65/132) ←戻る |