月と星





 
 ムトー率いる大工たちが、必死に刻のカーニバルの月見櫓を組み立てている。その脇をゼロは駆け抜けた。この人たちが、日を追うに連れて一人二人と去り、三日目にはとうとう親方のみになってしまうことを彼は知っていた。

 ――聖なる剣を持つ者は、我と出会えし証を残せ。

 無防備に飛び込んできたその言葉は、空気ではなくゼロの心を震わせた。

(……?)

 立ち止まり、息を整える。見えない手に掴まれたように、ゼロの足は声の元へと引きずられていった。明け方から酷使に酷使を重ねた二本足は棒のようだったが、自身にもよく分からない理屈で働き続けていた。

 ――聖なる剣を持つ者は、我と出会えし証を残せ。

 脳を揺さぶる声はやまない。彼がキョロキョロし始めると、アリスも異変に気づいたようだ。

『どうしたのですか、ゼロさん』
「誰かに呼ばれてるみたい」

 早口で答える。聖なる剣など持っている覚えはないが、「それ」はまっすぐゼロへと呼びかけているらしい。
 やがて、時計塔の足下にそれらしきものを見つけた。

『あれは』

 町が夜に沈む中、ひとつの石像が白く浮かび上がっている。その像は、予言の大翼と名乗った――ゼロがなぜだか敵意に近いものを抱いている――あのフクロウにそっくりだった。タルミナの神話に縁があるのかもしれない。
 石像は、片翼だけを広げている。

 ――聖なる剣を持つ者は、我と出会えし証を残せ。

 一層声が大きくなる。間違いない、この像がゼロを招いたのだ。

(証って、どうやって残せばいいんだろう)

 聖なる剣、というと思い当たるのはただ一つ。背中に負った、ずしりと重い両刃の剣。失われた記憶のほぼ唯一の手がかりだ。

 すらっと金色の刀身を抜き放った。証を残す、印を刻む――。

 青年は剣を上段に振りかぶり、フクロウ像を切りつけた。甲高い石の悲鳴と、確かな手応えが指をしびれさせる。

『ゼロさん!?』アリスがびっくりして羽を震わせた。その拍子にたくさん光の粉が落ちる。

 一か八かだった。二人が固唾をのんで見守る中、きらきらした光がフクロウ像を包み込む。一瞬後、像は見事に両翼を広げていた。

 ――聖なる剣を持つ者よ。時、場所を越え、我らは永遠に友となった。

「あーよかった。正解だったよ」

 ゼロは息を吐いた。がんがん頭に響く声から解放されてほっとした、という隠れた理由もある。

『この像は、何でしょうか。神話のフクロウを象ったもののようですが』不思議がるアリスに、
「わからないけど、急に呼びかけてきたんだ」

 詳細を話そうとしたとき、横やりが入った。


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