3-3.夜盗 届かぬことを知りながら、伸ばされた手。服の代わりに空気をつかみ、ゼロは息をのんだ。間に合わない! 「リンク!」 草むらに倒れ込んだ小さな体を抱き起こし、呼びかける。反応はない。こめかみのあたりが赤く滲んでいた。 目の前が急速に暗くなっていくようだった。 「ど……どうしようアリス」 『落ち着いてください! さきほどの男に殴られてしまったのですね。しかし外傷は軽いようです』 アリスの羽が、リンクの伏せられたまぶたに光を散らす。それでも目覚める気配はなかった。 猛スピードで飛んできたチャットが、 『寝不足かしら……? いや、分かった。風邪引いてんのよ、そいつ! やっぱりあの雪山が尾を引いてるのね』 額に手を当てると、なるほど熱い。じわりと汗もかいているようだ。 病名を知って、余計にゼロは混乱する。 「か、か、風邪ってどんな手当すればいいの? 林檎を剥けばいいのかなっ」 『動転しすぎ、ついでに知識偏りすぎ。事情を話して、ロマニー牧場で休ませてもらうのよ。分かった? ならさっさと行く!』 チャットにどやされ、ゼロはほうほうの体で少年を抱えた。柵に囲われたレース犬たちに、わんわん吠えかかられながら。 白い妖精は小声で、色違いの同胞に囁いた。 『アンタ、よくあんな情けない奴に付き合ってられるわねー。ほとほと感心するわ』 『確かにそうかもしれませんが……。私はあの人をサポートしたいんです』 アリスの意中には揺るぎない誓いがあった。 ゼロは病人を揺らさないように気をつけ、全速力で牧場を目指す。 「クリミアさーん!」 「どうしたのゼロくん……あれ、その子は」 真っ青になって母屋に駆け込むと、若き牧場主クリミアはすぐ二階に案内し、リンクをベッドに寝かせた。迅速な対応だった。 こめかみの傷は手当がなされ、白い包帯の向こうに消えた。「勇者くん」が寝込んでいると聞きつけ、ロマニーまで神妙な顔で氷嚢を用意してくる。その間ゼロは、姉妹二人の命令のままに動くでくの坊だった。 慌てふためく青年から、なんとか事情を聞き出して。クリミアは少年に布団を掛けつつ、 「あいにく、今は風邪薬を切らしていてね。このあたりにはお店もないし、町へ買い出しに行ったときに補充するしかないのよ」 「ロマニーがこの前風邪引いちゃったんだよ。ごめんね勇者くん」 眠る少年を潤んだ瞳で見守るロマニー。リンクへの執心っぷりが伺える。 ゼロが居ても立ってもいられない様子で、クリミアを見つめた。今頼れるのは彼女しかいないのだ。 クリミアは一番の年長者として決断を下した。 「予定を早めて、今からクロックタウンに行きましょう。あそこの雑貨屋さんなら薬があるはずよ。 でもね……『ラッテ』に届けるためのミルク、まだ搾っている最中なの。私はそっちをやるわ。ゼロくんはロマニーと協力して、なんとか馬車の準備をしておいてちょうだい」 「はあい、おねえさま!」 「分かりました。チャットはリンクのことよろしくねっ」 『あっ待ってください!』 指針が定まり、一時的に不安が払拭された。三人はうなずきあって外へ飛び出る。後ろからアリスがあたふたと追いかけていった。 『はいはい。いってらっしゃーい』 苦しげな寝息がこだまするだけになった部屋に、一人残るチャットは。 『まったく、なんで出会って数時間の奴のために、そんなに必死になれるのやら』 自嘲の声が漏れる。 『まあ、アタシも似たり寄ったりかしらね』 そして、申し訳なさそうにリンクの枕元に寄り添った。 『働かせすぎた代償かしら。いまのコイツのために、出来ることといえば……』 脳裏をかすめるのは、ゴーマン兄弟に連れていかれてしまったエポナのことだ。少年が起きていれば、真っ先に奪還しようとするだろう。 チャットはほぞを固め、窓の外へと消えた。 ←*|#→ (57/132) ←戻る |