* 二度寝という名の至福はあっと言う間に破られ、ゼロは眠い目をこすりつつ朝食の卓についた。 夕飯と同じく、素朴だがバリエーションに富んだ料理だった。昨日肉体労働に勤しんだゼロを気遣ってか、食いでのある量が盛られている。 山と積まれたパンを見て、久々に笑顔が戻ってきた。 「いただきます!」 言うや否やかぶりつく。味付けも申し分ない。胸のあたりがほっこりするようだ。 ナベかま亭の料理が宿として誇れる「外食」であれば、こちらは「家で食べるおいしいご飯」といった趣だ。これはよそで散々お世話になってきたゼロが、数少ない経験から思いついたことである。 あらかた皿の上が片づいたところで、クリミアは小首を傾げた。 「今日はどういう予定なのかしら?」 デザートのカスタードプリンを舌の上で転がしつつ、 「まずドッグレース場に行って……それからは特に決めてません」 「賭けがお好きなの?」 ドッグレースはどうやらルピーを賭けるものらしい。どきっとしたゼロの代わりにアリスが補足した。 『レース場で待ち合わせをしているんです』 少年の剣幕を思い浮かべ、ゼロは苦笑いになる。 「そうなの? なら夕方は空いているかしら。実は、ミルクを届けに馬車でクロックタウンまで行くつもりなの。よかったらご一緒にどうぞ」 「いいんですかっ!」 威勢良く返事をしてから、気づいた。一宿二飯に加えて帰る段取りまで。これでは至れり尽くせりだ。こちらからもお礼をと考えていると、 「仕入れ用のミルクビンは重いからね。運ぶの、手伝ってもらうわよ?」 ウインクが返ってきた。 瑞々しい立ち居振る舞いは、クリミアの印象を明るく彩る。どこか儚い雰囲気のアンジュとは対照的だ。 食器を片づけに彼女がキッチンへ出ていってしまうと、ゼロはとなりの椅子に近づいた。内緒話の要領で耳打ちする。 「クリミアさん、優しい人だね」 「うん。私もおねえさま、大好きよ」 幸せそうにはにかむロマニー。が、その表情はどういうわけか、みるみるうちに陰ってしまう。そしてぽつりと呟いたのは。 「ロマニー知ってるんだ……クリミアおねえさま、町に好きな人がいるの」 「えっ」 「その人カーニバルの日に結婚……しちゃうんだ。おねえさまホントはつらいんだよ。町に行くの……。 だからきっと、旅人さんの世話を焼いて気を紛らせてるんだよ」 ゼロはぐっと詰まった。確かに。姉妹二人だけという身の上にしては、不自然なほどフレンドリーだった。 さらに、次の台詞にゼロとアリスは耳を疑った。 「カーフェイがいけないのよ! 町長の息子だか知らないけど、おねえさまを助けてくれるみたいなこと言っておいて……」 カーフェイ。忘れもしない。「はじめの三日目」にナベかま亭の看板娘・アンジュが持っていた手紙の、差出人だった。彼は短く「必ず迎えにくる」と書き記していた。それは一ヶ月も前から続く失踪の、唯一の手がかりだった。 つまり。きたるカーニバルの日に、アンジュとカーフェイは結婚する。しかしクリミアはひっそりと、彼のことを想っていた――。 これは、俗に言う「三角関係」だ。 ロマニーは憤りを隠そうともせず、乱暴に部屋を出ていく。 『ゼロさん……』 アリスに心配されても、何もいえなかった。胸が塞がれるような感覚の中、クリミアが戻ってくるまで、じっとテーブルに視線を落としていた。 ←*|#→ (55/132) ←戻る |