2-9.沼の大妖精 オレンジの瞳に蜜柑色の滑らかな髪。神様に愛されたとしか思えない完璧な容姿を持つ沼の大妖精が、ここに復活した。 『んーまあ、昨日はありがとーネ』 これでこの怠惰な性格が違えば、もっと良かったのに……。 という思いが伝染したのか、ゼロとアリスはそろって溜め息をついた。 神殿の裏口から外に出て(無駄に時間がかかった)、一行はいったんデクナッツの城に戻り、夜を明かした。さすがに連続で活動するには、各々体力の限界がきたのだ。 三日目――つまり刻のカーニバル前日――の朝になり、二人はデク姫やサルと別れて、大妖精と共に沼の妖精の泉に向かった。そこではぐれ妖精をビンから解放し、ようやく大妖精は本来の姿を取り戻したのだ。 『一応これ、お礼ヨ』 どこからともなく袋が現れ、大妖精の手から無造作に放られた。キャッチすると、ずっしりと重い。 「これは何ですか?」 『炎の矢じり。それを矢につけて射ったら魔法の矢になるヨ。なんか燃えてスゴいの』 『燃えて、スゴい……』 呆れたアリスの声が泉に響く。ゼロはありがたく受け取って、しまい込んだ。 「これも、刻の勇者とかいう人の持ち物なんですか?」 『そうらしいわネ。謂われはよく知らないけれど。 お姉ちゃんが弓あげたっていうからサ、こっちも対抗してみようか、って。きっと役に立つわ。……いつか』 「ありがとうございます」 『数には限りがございますので、ご注意くださいネ?』 大妖精はお茶目にウインクして見せた。美貌も相まって、なかなか艶めかしい。 心なしか耳を赤く染め、ゼロは目を逸らしながら尋ねる。 「前から訊きたかったんですが、刻の勇者って何をした人なんですか?」 『スッゴい昔にタルミナを救った人らしいワ。 なんでも月が太陽を食べちゃって、ずうっと夜が続いたことがあってネ。その時、予言の大翼――いや、単なるフクロウなんだけど。とにかく、そいつに導かれて、月と戦った希望の星、それが刻の勇者だとサ』 ゼロの顔色が変わる。 (予言のフクロウって、まさか!) 間違いなく、神殿へ彼を導いたあのフクロウのことだ。神話の登場人物が、なぜ現代に現れたのだろう? 『それは……もしかして、月の化身、星の化身ということですか』 『たぶんそんな感じ? アタシよく知らなーい』 つくづく無責任な人である。泉に来てから、その自由奔放な性格に拍車がかかった気がする。 一方、「大」のつかない妖精であるアリスは、冷静に考えを進めていく。 『刻の、ということは、刻のカーニバルにも関係がありそうですね』 「なるほど。確かに由来の一つかもしれないね」 交わされる入り組んだ話に、痺れを切らした大妖精が早口になった。 『それで、もう用事はないの? 今機嫌いいから何でも願いを叶えちゃうわヨ』 さりげなく大胆なことを言う。ゼロは思い立って、 「そうだアリス、記憶のことはいいの? なにか思い出したんだよね」 妖精は少し思案した。 『……はい。この調子ですと、大妖精様のお力を借りずとも、自力で取り戻せると思います』 「そ、そっか」 明るい彼女に対し、ゼロは未だに「記憶」の「き」の字も思い出せないような自分が後ろめたい。 面倒になった様子の大妖精が手を振る。 『まあ、また何か用事があれば来たらいいワ、いつでも待ってるから』 ←*|#→ (45/132) ←戻る |