0-3.スタルキッドと妖精 足跡がない、といっても追うことができないわけではなかった。 まるで誘っているように、木々の間にちらちらと妖精の光が見え隠れするのだ。 少年はやがて、天然の洞窟になっている大木の、朽ちて空洞になった幹の中に消えていく光を見た。 「……」 その入口まで追いかけてきて、はたと立ち止まった。洞窟の中は暗闇だった。 ほんの数瞬の思考ののちに、彼は再び走り出した。しかし何歩も数えないうちにふっと足下の感覚が消え失せた。 急激にやってくる落下の感覚の中、伸ばした手は何も掴まなかった。 少年は落ちていった。 * 想像していたほどの衝撃はなかった。というより、ふわりと着地した、という感じで怪我ひとつなかったのだ。すぐさま少年は体勢を立て直し、前方をにらみつけた。先ほどの二匹の妖精が宙を舞っていたからだ。 『はーい、お疲れ様』 『スタルキッド、連れてきたよ』 二色の光がそれぞれ違う声を発したとたん、真っ暗だった森の底に、突然強烈な光が灯った。不意をつかれて少年は目を押さえた。徐々に慣れさせながら、そこに現れた第三者の姿を見た。 「オマエ、この森に何の用だぁ?」 昼間の太陽よりも明るい光の中に立つ『そいつ』は、妙に間延びした声を発した。ぼろぼろの衣服をつけ、不気味な仮面をかぶっている。魔物とも違う、小鬼だ。これが『人でないもの』の正体か、と少年は心に呟く。 「そちらこそ、何故ここへ誘った」 用心しつつ、少年は低く答える。……と、彼の冬空色の瞳が軽く見開かれた。同時に剣の柄に左手がかかる。 『スタルキッド! このニンゲン、武器持ってる!』 紫の方の妖精が、怯えたように震えた。だがそれには目もくれず、少年はまっすぐに仮面をつけた小鬼に視線を注いでいる。 正しくは、宙に浮いた小鬼の姿に。 仮面から覗く黄色っぽい目を細めて、小鬼は笑った。 「ナマイキなやつ……。その目、気に入らないぞぉ」 小鬼が空気の上を滑るように少年に近づく。顔色を変えた少年は左手に力をこめた。しかし、剣は抜けない。 「なっ……!」 「オマエ、何か持ってるなぁ?」 そのまま小鬼は少年の懐に手を入れた。少年はもはや身動きひとつできない。小鬼が手を引くと、青く光るものが握られていた。 『わあ……キレイなオカリナ!』 『スタルキッド、アタシにも触らせなさいよ!』 二匹の妖精が騒ぐのにも耳を貸さず、小鬼はそのオカリナをしまいこんだ。少年は苦しそうに声を絞り出す。 「返せ……!」 「なんだ、まだ喋れたのか。うるさいやつは、キライだぁ」 ふざけたような言葉を呟きながら、小鬼は少年の瞳をじっとのぞきこんだ。顔をそむけようにも、動かせない。見たくないのに、黄色い二対の光に目が吸い寄せられてしまう。 「やめろ……!」 小鬼の目はいつの間にか、鏡のように少年の姿を映し出していた。 「ニンゲンの顔は、もう見飽きたぞぉ」 鏡に映った少年が一瞬揺れた。次に現れた姿は、少年ではなかった。 そのことを認めた途端、『彼』の視界は闇に染まった。 * 『ねぇねぇスタルキッド、ボクにもオカリナ貸してよ』 森の奥深くで、紫色の妖精が羽音をたてた。小鬼は取り合わず、ひとり新しい楽器に熱中している。 その後ろで、白い妖精がふと振り返った。 『さっきのニンゲン、なんだったのかしら……』 だが、そんなつまらない考えはすぐに忘れられてしまった。そう、ニンゲンごときが『彼女』らと関わりをもつことなど、ありはしないのである。 『彼女』……妖精チャットは、もう振り返ることはなかった。 ←*|#→ (3/132) ←戻る |