月と星






『右よっ!』
「くっ」

 素早く前転して襲いかかる魔法を避けると、一瞬前までリンクがいた場所は氷漬けになった。
 冷や汗が顎をつたう。熱に強いゴロンの体でも、あれを食らえばひとたまりもない。

『どうすんのよ。あっちは、全然疲れる気配なんてないわよ』

 現在、リンクはダルマーニの姿を借りて彼の未練を晴らすべく、スノーヘッドの神殿に乗り込んでいた。しかし攻略半ばで遭遇した、老魔道士の魔物に大苦戦を強いられていた。

「読み間違えたか……。いや、何処かに魔力の供給源があるんだ。それを断つしかない」
『どこにあるのよ、それ』
「おそらく神殿内にはないな。今までそれらしきものは見ていないし、相手もそこまで迂闊だとは思えない」
『……それってやばくない?』
「かもな」

 あくまで冷静な彼に対し、ヒステリックにチャットが叫ぶ。

『アイツも今まで戦ったことがある魔物じゃないの!?』
「いや、初めてだ。名前も知らない」

 その魔物は、部屋中に張り巡らされた魔方陣から自由自在に出現し、思わぬ角度から強力な氷の魔法を仕掛けてくる。詠唱速度も素早く、避けられはしても反撃に転じる隙がなかった。
 思考を遮るように左後ろ方向に殺気を感じた。再び転がって避ける。これも間一髪だ。

『きりがないわ』
「仕方ない。勝負に出るか」

 と言ってリンクはゴロンの仮面を外した。変身が解かれ、生身の子供が現れる。スノーヘッドの神殿に漂う冷気は容赦なく身を突き刺した。

『ちょっと……自殺する気!?』
「まさか。ゴロンのままだと動きが制限されるからな」

 余裕すら浮かぶ表情で、フェザーソードをすらりと抜いた。

「次に姿を現したときが勝負だな」
『……大丈夫なの?』
「さあな、まあ平気だろう。最悪でも死ぬだけだ」

 妖精はしばらく言葉の意味を吟味した。

『――大丈夫って言わないから、それ!』

 気配が真後ろに出現した。振り向いて走る。魔法を放たれる前に仕留めるつもりだった。
 最後の一歩を全身をバネにして跳び、一気に間合いを詰める。フェザーソードの、前の剣より長くなった切っ先が、相手の脳天めがけて振り下ろされた。
 寸前に魔法の発動する気配がしても、リンクはそのまま突っ込んだ。

『リ……あっ、あれ?』

 切れ味が格段に上がった剣は、見事に魔物を切り裂いていた。老魔導士の体が千切れ、消えていく。

「よし、勝った」
『……どーして生きてんのよ』
「悪いか?」
『べ、別に』
「魔法の発動ミスか。運が良かった、こういうこともある。……たまに」

 さすがに彼も安堵しているようだった。
 魔物の持っていた杖が足元に転がる。先端に抱かれたオレンジ色の宝玉が、いかにも怪しげな光を放っていた。彼は足を止めた。

『どうしたの?』
「気になるな、この杖」
『そうかしら』
「こういうものは、壊しておいた方がいいだろう」
『そうね。どこかの扉が開くかもしれない』

 フェザーソードを一振りすると、宝玉は澄んだ音をたててバラバラになった。
 ふと、何の脈絡もなくカエルの鳴き声を聞いた気がした。


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