月と星






 ほぼ同時刻、スノーヘッドの頂にて。

「温泉、温泉……この辺かな」

 雪深い山を、足跡一つつけずに散策している白い影があった。雪の精だ。
 見当をつけたあたりを見れば、そこだけ雪の層が薄くなっている。手で掘り返してみると、

「当ったりー」

 ぽっかりと地面に穴が空いていた。ここぞ彼(?)のとっておきの温泉スポットだった。
 躊躇せずに穴の中に飛び込む。ばしゃんと派手にお湯が跳ねた。すぐにギャアギャアと先客から文句が出る。

「あ、ごめんごめん。デクババくんいたんだね」

 青い人喰い花はまだ騒いでいる。

「……女のコだったか。雌しべ見えなかったから間違えちゃったよ〜」

 口元だけで笑って見せて、雪の精は温泉からあがった。

 そう、ここは魔物専用の温泉スポットだ。

 寒さに耐性のある魔物――例えば、分厚い毛皮のホワイトウルフォス、ほとんど雪玉にしか見えないシロボー、硬い装甲を持つテクタイト――は、この異様な寒さにも生き残り、むしろ仲間を増やしているらしい。しかし、このデクババや蜘蛛魔物のスタルチュラは違う。本来彼らは、沼などの温暖な気候で生息する魔物だ。

 雪の精は、寒波にも負けずに力強く生き抜く彼らが好きだった。

「え? あ、ごめん。見てないや」

 デクババから「外の仲間はどうなったのか」と訊かれた。あの寒風吹き荒れる中、外にいたデクババがどうなったかは考えたくなかった。
 眉を曇らせたまま、白いコートを取り出す。さすがにダルマーニのお墓に湧いた温泉で洗濯するのは、気が引けたからだ。

 魔物といえど、この気温では体の震えを抑えられない。どこからか隙間風が入ってきていた。

「っくしゅん。寒っ。変なの、前はこうじゃなかったのに……」

 違和感を感じて洞窟の奥を探ってみると、なぜか寒々しい色の光を放つ宝玉が壁に埋め込まれていた。

「なにこれ。デクババちゃん知ってる?」

 あれはウィズローブが置いていったやつだよ、という答えが返ってきた。

「ウィズローブ? ああ、あの頂上にある神殿でお高くとまってる、ヤな奴でしょ。なんでこんなところに」

 変な仮面を被ったチビと一緒に来たんだ。また別のデクババが言う。
 仮面か。リンクがダルマーニの顔を写し取った仮面を生成していたことを思い出した。

「怪しいなあ……」

 そろりそろりと近寄ってみると、宝玉は来るなとばかりに一層冷気を飛ばしてきた。
 めげずに雪の精は歩を進め、壁からはずして手にとってみる。

「うわっ冷たッ!」

 反射的に手を離してしまった。宝玉は綺麗にカーブを描いて、温泉に落ちた。

 パキッ。

 瞬間、宝玉にはヒビが入り、粉々に砕け散ってしまう。青くなる雪の精。

「デクババちゃん、ウィズローブには内緒にしててね……」

 呆然とデクババは頷く。息を整えた後、雪の精は楽観的にこう考えることにした。

(ま、いいか。これでウィズローブが死ぬわけでもないしね)


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