ぽつりぽつりと語られた執事の話を要約すると、こうなる。 昨日の朝。窓から外を眺めていたデク姫が、あることに気がついた。朝になるといつも沼の畔を優雅に漂っている妖精が、その日は一匹もいなかったのだ。この近くには大妖精の住まう「妖精の泉」があるので、一匹もいないというのは明らかにおかしい。もしや泉に何かあったのでは――!? いてもたってもいられなくなった姫は、城を抜け出そうと画策する。しかし、王に勘づかれてあえなく失敗。姫は仕方なく、友達である白いサルたち(ゼロが助けたサルの兄弟らしい)に様子を調べてもらうよう頼んだ。 しかし、ここで不測の事態が発生する。姫に用件を伺ったサルから仲間へと伝言していくうちに、どこかで「姫サンは妖精の友達を欲しがっている」という勘違いが発生してしまったのだ。最後の方に聞いた末の兄弟になると、もっと酷い思い違いをした。「姫サンは妖精を捕まえて欲しいらしい」と。 なるほど。ゼロは納得した。それでアリスが拐われた――否、善意によって連れて行かれた――のだ。サルはやっと自分の置かれていた状況が分かり、申し訳なさそうに頭を掻く。 後は予想通りだが、連れてこられたアリスを見てデク姫は激怒した。さらにアリスが「大妖精はいないかもしれない」と口走ったものだから、翌日姫は父王と大喧嘩し、乱闘劇を起こしてまで泉へ向かったのだ。 『……オイラ、勘違いしてたみたいだよ。ごめんなーニイチャン』 「いやいや気にしてないよ。それに謝るならアリスに、ね。 それにしても、やけに詳しいんですね、執事さん」 「いえ。伝え聞いた断片から、予想を立てたまでですが」 しれっと言い切る。が、この執事なかなか有能だ。この分だと、門のあたりでの騒動も全部見ていたのだろう。 「話は分かりましたけど。さっきの、その、フクロウの使いとかいうのは何なんですか?」 「あなたは旅人とお見受けしましたが……ああ、やはりそうなのですね。ならば、知らなくても仕方ありません。タルミナの神話に登場する、予言を授けるフクロウのことです」 「神話……」 そこでゼロは思い出した。コウメに神話の続きを聞きそびれていたことを。 『このニイチャンが、神話のフクロウの使いだって? どういうことだよ』 「昨日の私の夢の中に、かの大翼を広げたフクロウが出てきたのです。明日、日が上りきる前の時刻に、一人の異国の青年がこの王国を訪れるであろう、と仰っていました」 『本当に予言だ。それ、完璧ニイチャンのことだな』 「訪れるであろう、って……それだけですか?」 「歓迎して引き留めておきなさい、と言われました」 『ハハ、ある意味大歓迎だったよな〜』 「だねえ」 盛り上がる二人を見て執事は申し訳なさそうに、 「うまく話が伝わっていなかったようで……」 「この国の人は、伝言が苦手なのかな」 何の気なしに放った言葉が、存外に二人の心を抉ったようで、執事とサルは揃って俯いてしまった。ゼロは慌てる。 「あ。いや、オレはもう平気だから。そんなに気にしなくても」 『ホッホウ!』 「? 随分いい返事だね」 『違うって、オイラじゃない。――わっ、ニイチャン外、外!』 促されて窓を見る。と、焦げ茶色の鳥の羽が一枚、舞い込んできた。 「羽だ」 『さっき、ものすごくデッカイ鳥がいたんだよ、外に!』 執事はハッとした。 「もしや、フクロウでは」 「外に出よう」 ドタドタと連れ立って王城から出る。また、あの羽が落ちていた。それを手に取ったとき、すっと大きな影が差した。同時にバサバサという重たげな羽音が響く。 執事が叫んだ。 「夢と同じです!」 「じゃあ、あれが……」 三者の視線を存分に集めながら、大きなフクロウが地に降り立った。意外とひょうきんな顔をしていて、くるりと一周首を回してみせる。 『ホッホウ、お主を迎えに来たぞ』 フクロウは厳かな声を出した。体に対して小さな瞳は、まっすぐにゼロを見ていた。 「何故オレを」 『何故、とな。お主は、泉に行った二人を追いかけなくても構わんのか?』 「なっ……」 『泉の後、彼女たちは神殿へ向かう。先回りしたくはないか』 「何故、知っている。それも予言とやらか」 サルはあっと叫びそうになった。ゼロの口調が荒くなっている! 今までの様子からは考えられないほど、彼は相手を警戒していた。いや、ほとんど敵意を抱いているに等しい。あの穏やかな青年が、今にも剣の柄に手をかけそうな勢いだ。 フクロウはゼロの態度にびくともせず、 『さあな。で、どうなんじゃ』 「行く。行きます、神殿へ」 サルは今やハラハラしながら見守っていた。いつもは柔らかな光を宿すゼロの瞳が、今はナイフのごとく鋭い輝きを放ち、相手を刺すように貫いていた。 一体何があったのか。そんなにこのフクロウのことが気に食わないのだろうか? 『ならば、ワシの足に掴まるといい』 「……ねえ。サルくんは、どうする?」 こちらを見る目は柔らかかったが、ゼロはまだ剣呑な空気からは抜けきっていなかった。 『オイラは……待ってるよ。神殿といえば魔物が居るんだろ? そんな危ないとこについて行っても、役に立たないだろうし』 「分かった」 ゼロはフクロウに向き直った。滞空するため、フクロウが羽ばたき出す。身軽なサルは、巻き起こる風で吹き飛ばされそうになる。 「じゃ、お願いします。執事さんも、ありがとうございました」 「いってらっしゃいませ、お元気で」 『しっかり掴まれよ』 手がフクロウの足を掴んだ。やがて、地についていたゼロの足が離れる。 『ニイチャン!』 ついに、我慢できずサルが飛び出した。 『お姫サンたちのこと、頼んだよ!』 任せといて、とゼロは親指を立てた。 ←*|#→ (38/132) ←戻る |