* 正直、今までの先頭の中で一番苦戦した、とゼロは思う。 吹き矢のように何かが飛び出してきそうな口の形だな、とは考えていた。しかし、まさかそこからデクの実が飛んでくるとは夢にも思っていなかった。彼が多用した炸裂する実に対し、あれは熟す前の実だとサルは語る。 ちなみに、熟れていないデクの実というものは、中身が弾けることはない。その分硬くて端が尖っているので、当たるとものすごく痛かった。一度それが後頭部に直撃してしまい、ゼロの意識は彼岸に飛びかけた。 それでもサルと協力して、なんとか相手を逃すことなく地に伏せることができた。身長が半分以下の兵士たちに負けたら、先に逃げた二人に面目がたたない。 一仕事終え、ゼロは肩で息をしながら極彩色の壁に背中を預けていたが、やがて膝から崩れ落ちてしまう。 「つ、疲れた……もう無理」 『ニイチャン大丈夫かよ』 不意に目の前が陰った。あれ、と顔をあげると新たなデクナッツがそこに立っていた。他の兵士とは雰囲気が違う。庭木のごとく丁寧に手入れされたお団子を頭に二つくっつけて、偉そうな髭まで生やしている。手には大きな葉っぱを束ねた日傘を持っていた。 もう戦意はない、と伝えるように首を横に振ってから、問う。 「王様……ですか?」 「いえ、私は執事です」 『その執事サンが、何の用だい』 少々サルは警戒しているようだ。 「お話があるのです。一度王城へ来ていただけませんか」 丁寧な物言いに、彼はぶるっと震えた。目の前の惨状を改めて確認して、暗澹とした気持ちになる。 「ま、まさか処刑とかだったりしますか」 『それは大いに有りうるぞ、ニイチャン! オイラなんかヒドイ目にあったんだからな〜』 そんなあ、とゼロは頭を抱えた。 「違います。あなたがたの命は保障します」 執事はあくまで丁重だった。王城の玄関口で散々暴れまわった異国人に対する態度とは思えず、二人して目を見張る。 「……事情を説明してくれるなら、いいですよ。案内してください」 悲鳴を上げる体を無理矢理動かし、執事の後に従う。 『甘すぎやしないかい、ニイチャン』 「え? なんで」 『だってさ……さっきまで、オイラたち好き勝手してたじゃん』 「そりゃあ、オレもそう思ったけど。でも執事さん、いい人そうだったしさ」 城内は外観に比べて、大人しめの内装だった。入ってすぐの部屋がいきなり玉座の間だ。 しかし、王様は頭に血が上ったせいで倒れてしまい、今はいないという話だった。兵士もあらかた入り口で夢の国に旅立っているから、実に静かだ。 ――と、何故か玉座の前に、火にくべられた大鍋があった。 「なんで部屋の真ん中で、スープなんてつくってるの?」 『ふふ、いろいろあったんだよ……』 達観した目でサルが答えた。ゼロには何のことだかさっぱりだ。 執事は「一度王の様子を見てきます」と言って姿を消した。二人は待ちぼうけを食らった。 「……あ、忘れてた!」 ゼロは荷物からビンを取り出した。中身は赤い液体で満たされている。 赤いクスリ。どんなに疲れていても、これ一杯ですぐに万全の状態まで回復できる、と言う代物だ。ただし即効性がある分、効き目は一定時間限り。今朝出発するときに、クスリ屋のコタケから「コウメを見つけてくれたお礼に」と譲ってもらったのだった。 「スープに比べたら、あまり美味しくないかもしれないけど……」 効能を信じて一気に空ける。喉を通る感触は予想外に重たい。完飲してぷはっと息を吐くと、呼気がほんのり橙色に染まっていた。 効果はすぐに現れた。あちこちに点在していた痛みが、すうっと消えていく。一番酷かった後頭部を押さえても、髪の毛の感触しかなかった。 (痛みが、あっという間にひいた……) そこへ執事が戻ってきた。 「お待たせしました。私の部屋に案内します」 それだけ言うと、踵を返してしまう。屋内でも傘は持ったままだった。なぜだろう、と思った途端にその傘がくるくる回りだし、執事の体が宙に浮いた。結構な速さで飛び去ってしまう。 「え! ま、待ってくださーい」 『置いてかれちゃうよ〜!』 完全に出遅れた二人は、あたふたしながら駆け出した。幸いにも、城は簡単な構造になっていたので、すぐに追いつけた。 「大丈夫ですか」 「ええ、まあ」 息を切らしてゼロが頷く。全力疾走で階段をかけあがったのは、さすがに堪えた。 その部屋は執事という役職柄か、質素で私物が少なく、無個性といえる物だった。勧められて、彼は椅子代わりらしき草の上に腰を下ろす。 さっそく執事は質問した。 「あなたは、大翼のフクロウ様の使いでしょうか」 「オレが? ……誰ですか、それ」 聞いたこともないし、目覚めてからはフクロウすら見たことがなかった。 「違うのですか。ならいいのです」 「それじゃあ、こちらの質問にも答えていただけますか? オレとしては、この騒動の経緯が気になるんですが」 『そーだよ。姫サンたちは、なんであんなに慌ててたんだい?』 「それは――」 ←*|#→ (37/132) ←戻る |