月と星






 オラはまあ、自分で言うのもなんだが、生きている時は百戦レンマの強者だったゴロ! ……そう、生きている時は。そうだゴロ、オラ、もう死んでるゴロ。

 山が、ゴロンの里が雪と氷で閉ざされている原因は魔物だったゴロ。すごく大きな、仮面をかぶった山羊みたいな奴らしいゴロ。どうにか退治しようと、奴が暴れ回っているスノーヘッドに一人で乗り込んだまではよかったんだが……。スノーヘッドからふきだす吹雪で谷に落とされ、このザマだゴロ。

 ……くやしい、ゴロ。

 このまま、ゴロンの里が氷漬けになっていくのを、ただ見てるなんて……。死んでも死にきれないゴロ。

 あの子が泣いている声が聞こえるゴロ。オラのこと「兄ちゃん」っていって、慕ってくれる長老の息子が。オラの歌う子守歌でしか、なかなか泣きやまないんだゴロ。

 ……そういや、大翼のダンナが言ってたけど、おめぇ、魔法使えるんだってなぁ。
 たのむ、オラを魔法で生き返らせてくれ!
 いや、できないのならそれでイイ。
 オラの思いが癒されるのなら、どんな方法だっていいゴロ!





 リンクとチャットの目線がほんの一瞬ぶつかった。

(やるの?)

 彼はかすかに縦に首を動かす。次いで懐から青く輝くようなオカリナを取り出した。

「癒して、ほしいんだな?」

 念を押すようにリンクが尋ねた。その瞳はいつになく厳しい。

『頼むゴロ』

 永遠のような瞬間ののち、リンクはオカリナに口をつけた。洞窟の入り口から差し込む光が白くオカリナを彩る。

 そして、その「歌」を吹き始めた。

『……イイ曲だゴロ。オラのキモチが曲の中に溶けていくゴロ』

 そうダルマーニが呟いたのも頷ける。もの悲しいメロディは、片手の指で足りる音しか使っていないのにもかかわらず、妙に心に残るフレーズだった。リンクは同じメロディを何度も繰り返し吹き続ける。本当に短い曲なのだ。

 情緒を解さない雪の精でさえ、曲に没入してしまう頃。永遠に続くかと思われたリフレインがフェードアウトし、潮騒のように遠ざかっていった。

 ダルマーニはこの上ない安らかな顔で目を閉じた。その体が薄れていく。

『オラのキモチ、おめぇに預けるゴロ』

 からんと乾いた音を立てて何かが落ちた。洞窟のわずかな傾斜を転がってブーツに当たる。リンクはそれを拾い上げた。

「おまえの無念、俺が晴らしてやるよ」

 その手には、ゴロンの――ダルマーニの顔を写し取ったような仮面が握られていた。

「それは……?」

 未だに頭がはっきりしない状態で、雪の精が彼に近寄った。リンクは顔の前に仮面をかざしながら答える。

「さしずめゴロンの仮面、というところか」

 彼はちらっと雪の精を見る。

「驚くなよ?」
「た、たぶん大丈夫」

 ふっ、と彼の見せた表情が。笑顔にも満たないような、それでもゆるんだその表情が、不思議と雪の精の胸を打った。

 リンクはルミナの白いコートを脱ぎ、雪の精に渡す。

「借り物なんだ。スノーヘッドの怪異を止めてくるから、その間に洗っておいてくれ」
「でも、防寒着がないと死んじゃうよ」

 雪の精は受け取るのを躊躇する。チャットがこともなげに言う。

『もう必要なくなるんじゃない? 山に住むゴロン族なら寒さにも強いはずよ』
「え、それって……」
「まあ見ていろ」

 リンクは仮面をかぶった。光が満ちて、視界が白く塗りつぶされる。
 魔法の力が働いたことを感じ、雪の精が慌てて目を開けると、そこには立派な大人のゴロン族の巨体があった。

「だ、ダルマーニさん!?」
「いや、俺だ」

 声も違うが口調はリンクだ。それに本物のダルマーニとは違い、リンクと同じ緑の帽子をかぶっている。

「さすがに暖かいな、助かる」
『もう二日目も昼よ。時間がないわ』

 チャットはゴロン姿のリンクを急かした。仮面を使った変身には慣れているらしい。

「い、いってらっしゃい……」

 雪の精の引きつった声に送られ、洞窟を出る直前にゴロンリンクは振り返り、黙礼した。

 亡きダルマーニの最後の声が、見えない風となって彼の背中を押す。

 ――ゴロンの里のコト……たのんだゴロ……。


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