月と星






 ここはどこだ、とか俺は今まで何をしていたんだ、とか他に言うことはたくさんあったはずだが、真っ先に口をついて出てきたのは、

「なんで水に浸かっているんだ?」

 という疑問だった。

『教えてあげるから、さっさと目を開けなさい』

 ああ、チャットの声だ。安心したリンクは仮眠モードから熟睡モードに切り替えた。

「……なんか寝息が聞こえるね」
『なんで逆に寝付いちゃってるわけ!?』

 おや、どうやら妖精以外にも人がいるらしい。これはからかっている場合ではないな、と彼は唐突にリーデットのごとくぬっと起き上がった。謎の声の正体を突き止めるべく寝起きの目を擦る。

『やっぱり狸寝入りだったのね……』

 忌々しく呟くチャットの隣には、

「うわービックリしたー」

 棒読みでニコニコと覗き込んでくる白フードの人物がいた。

 忘れもしない、こいつこそ記憶が途切れる直前、極上の笑顔でリンクを谷底に叩き落としたあのロクデナシだ。リンクはあからさまにいやな顔をして彼から視線を外した。

「……チャット、なんだこれは」
「アハハ、“これ”だってー」

 モノ扱いされてもヘラヘラ笑っている。苛立ったリンクはそいつを無視して状況を把握しようと努めた。

 ここはどこかの洞窟だろうか。彼は底に張ってあるお湯に、腰から下を浸す状態で横たえられていた。おかげでブーツの中身までびしょ濡れである。誰がここまで運んできたのだろうか。気になることは多々あったが、中でも記憶の前後において一番矛盾していることを問う。

「一体どうやって俺は生還出来たんだ? 装備も全部揃っているようだが」
『えーっとそれは……』

 白フードの少年はスラスラ進んでいく会話に置いていかれかけていたが、チャットが詰まった隙に、ここぞとばかりに切り込んだ。

「ねえねえ! 自己紹介とかしなくていいのかな、ぼくは雪の精っていうんだけど」
「……」

 リンクは眉一つ動かさず、意地でも沈黙を通す姿勢だ。それでも雪の精は諦めない。

「……前後事情とかは、その妖精ちゃんよりぼくの方が上手く説明できると思うなー」
『アタシも説明めんどくさいからさんせーい』

 気だるげに妖精が任を放棄したため、彼は雪の精と名乗った少年に向き直らざるを得ない。

「話してみろ」
「任せてよ」

 雪の精は悪戯っぽく下手くそなウインクした。





 何から話すのがいいかな。うん、まずぼくの身の上話といこうか。

 ぼくは「雪の精」なんて呼ばれてるけど、本当は水の中に棲む魔物の一種なんだ。人間の住む山里と、ゴロン族の住むゴロンの里の間には大きな池があって、春から秋は本来の姿でそこにいるの。ほとんど寝てるんだけどね。冬眠ならぬ春眠っていうのかな? 暁も夕暮れもほとんど覚えてないけど。

 冬の間は池が凍っちゃうでしょ? だから仕方なく陸に出てきて、いろんな人に化けて驚かせて遊んでるの。誰も取って食べたりしてないんだよ。片っ端から相手を食べるような魔物だったら誰もぼくの噂なんてたてない。遭難者扱いされるだけでしょ。相手が死ぬほどびびって帰っていくから話が広がるの。

 で、キミのこと同業者だなんとかって言ってたのはさ、せっかくぼくが今回のターゲットにしたカジ屋さんをキミに盗られちゃったから。服装もやり口も似てるから、勘違いしちゃって、ね。崖から突き落とした後、大翼の親分から聞いてビックリしたよ。まさかキミがスノーヘッドを救ってくれる勇者様だなんて!

 いつまでも冬が続いて、そのうち誰もいなくなっちゃったら、ぼくだって商売あがったりなんだよ。これでも結構困ってたんだ。
 慌てて親分にキミを引き上げてもらって、この誰かさんのお墓に温泉湧いてるっていうから連れてきたんだ。

 大翼の親分? 会えば分かるよ。アレでも偉いヒトらしいね。


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