月と星






「どうじゃ、怖いじゃろう? でも、まだまだこれから盛り上がるのじゃ」
「怖くも……なんともないじゃないですか……」

 コウメは額の宝石を赤く光らせ、強がりめ、とゼロを鼻で笑った。彼は無反応だ。
 向かいの席で、同じく話を聞いていたコタケが眉を潜める。

「コウメさんコウメさん」
「なんだねコタケさん」
「その子、寝てます」
「そうかい。……え?」

 コウメは酢を飲んだような顔になった。話に夢中になりすぎて相手に構わずひたすらしゃべり続けてしまうのは、コタケがうんざりするほど了解しているコウメの悪い癖だ。

「……いつからじゃ」
「翌朝送って行くと危ない目に会う、ってところですかね、本格的に伏せちゃったのは。お茶が入ったあたりから、もううつらうつらしていましたけど」

 恥ずかしいのか顔を赤らめ、コウメはそっぽを向いた。

「『夜更かしのお面』でもあれば良かったのう」
「拷問する気ですか。休ませてあげましょうよ、疲れているんですよ」

 コウメは依然難しい顔をしていたが、コタケは母親のような眼差しでゼロに優しくブランケットをかけてあげた。





「いやあ、最初お客さんを見たときはねえ、白い服だし勝手に家に上がり込んでるし、冬の雪山定番の『アレ』がとうとうウチにも来たか、って思ったんですけどね。炉も溶けて仕事再開で、良かった良かった、めでたしめでたしですよねえ」

 拍手と感謝の言葉で迎えられたリンクたちは、好意に甘えてカジ屋で一晩泊まることになった。夕食朝食つき、さらには彼愛用の剣も鍛えなおしてくれるらしい。この破格の扱いは、半ば厚かましい性格のチャットが強引に認めさせた結果だった。

 それにしてもカジ屋の小さい方、ズボラはよく喋る男だ。トンテンカンテン、ハンマーで真っ赤になった鉄を打ち付けながら、リズムをとるようにとにかく喋り続ける。

「今年はあり得ないほど冬が長続きするもんだからねえ、凍らないように炉を燃やしまくってたんですよねえ。ついでに暖もとりつつね。そしたら熱くなりすぎて、いつの間にか壁に穴空いて。寝てるときは炉も止めてるから、その時にでも凍っちゃったんだろうねぇ」

 大男はガボラといい、今はちょうど焼け焦げ穴の空いた小屋の壁を修理していた。

 息継ぎのタイミングを見計らってリンクが質問する。

「剣が出来るのはいつだ?」
「明日の朝だね」
『ならもう寝ましょ。付き合ってらんない』

 リンクはちらっと話に出てきた「アレ」とやらが気になっていたが、チャットに促されて借りた部屋へ戻っていった。





『で、それが新しい剣?』
「ああ」

「二日目」の朝を迎え、カジ屋を旅立ったリンクたちは「山」でも一番高い山、スノーヘッド目指して歩いていた。幸い今日は天気もよく、ぽかぽか暖かい。

 フェザーソード、という二つに分かれた刀身を持つその剣は、名前通り羽のように軽かった。以前よりも切っ先が鋭くなり、いかにも殺傷能力が向上したように思える。

 ふうんと相づちを打った後、思い出したように、チャットがためらいがちに尋ねた。

『そういえばさ、アンタ……魔法なんか使えたのね』
「……まあな。あれはもう使えないが」
『え、一回しか使えないの? だったらもっと強敵に対して使えばよかったのに。なんでつまんない人助けなんかに使っちゃったわけ?』

 リンクは立ち止まった。返ってこない答えに苛立ったチャットは彼の前に回り込む。瞬間、はっとした。彼の今まで見たこともない、虚を突かれたような限りなく無に近い表情が浮かんでいた。

「なんで、だろ……。なぜ俺は使ったんだ?」

 チャットにはそんな彼の反応が面白くない。適当にからかおうと思っていたのに。そして、気をそらさせようと、前方を示した。

『あら、あんなところに魔物に誰か襲われているわよ。剣の切れ味でも試してみたら?』

 三体ほどのホワイトウルフォスに囲まれ、進退窮まった様子の子供がじりじりと後ずさりしていた。後ろは崖だ。つかの間の茫然自失状態から解き放たれたリンクは、弾かれたように走り出し、魔物と子供との間に割って入った。問答無用で戦闘を開始する。

 流れるように刃が空気を滑り、白いオオカミの魔物の毛皮をやすやすと裂いていく。リンクはフェザーソードの威力を実感していた。これがタダで手に入るなら、ストックが一つしかない魔法を使う価値は十分あっただろう。

 チャットの助言で相手の弱点である尻尾をねらい打ちにして、あっさり魔物を葬り去った彼は、白いフード付きマントをまとった子供に向き直った。

「大丈夫か」
「ありがとう。余計なお世話だったけどね」
「!?」

 子供は、リンクのさしのべた手を払って逆に腕をつかみ、ぐいっと引き寄せた。完全に油断していた彼はぐらりと体勢を崩す。子供はフードと髪に隠れてよく見えない顔のパーツのうち、はっきりと露出している口元を歪め、邪悪な笑いをつくる。

「せっかくの獲物をよくも横取りしてくれたね。まさか同業者がいるとは……」
「はあ? 何を言って……」

 もったいぶって子供はフードをとってみせた。なんと、リンクと全く同じ造形の顔がその下にあった。

「んなっ……」

 絶句したリンクを強引に引きずり、子供は無情にも彼をぽいと崖下に投げ捨てた。
 取り残されたチャットはあまりの急展開に言葉もない。

『ちょっと……り、リンクぅーっ!?』





 雪の精の何が怖いかって? そいつのフードの下には自分そっくりの顔があり、そいつは笑いながら哀れな犠牲者を崖へ叩き落とすのだ。


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