月と星






 雪の精は白い衣をまとい、遭難したと言ってあたたかい家に潜り込んでくる。拒否したつもりでも、いつの間にか一緒に卓を囲んでいて、そこに馴染んでいるのだった。

 そこまではまだいい。保存食が一食分減るだけだ。注意すべきは翌朝、その人を送り出す時である。決して「ふもと、あるいは人里まで送ろう」と言ってはならない。一緒に雪原を歩き始めたら最後、とてつもない恐怖体験を強いられることとなる。





 扉から入ってきた影は二つ。天井まで背が届きそうな大男と、対照的に背の低い丸顔の男だ。あれがカジ屋なのだろう。

「おいガボラ、早く温泉水を」
「ウゴ!」

 二人は相当焦っているようだった。棒立ちになっているリンクらには目もくれず、あの凍りついた黒い塊に駆け寄る。

「はいバシャーッと!」
「ウゴォォー!」

 大男が小脇に抱えていたタルを放り投げた。黒い塊に激突したタルはバラバラに壊れ、中から透明な液体と凄まじい湯気を立ち上らせる。辺り一面びしょ濡れだ。小男は仰天して大男をバシバシ叩いた。

「おい阿呆、スットコドッコイ! あれじゃ炉が使えなくなるだろ!?」
「ウ、ウゴ……」

 その会話でリンクは納得した。あの黒い塊はカジ屋の製鉄に使う炉だったのだ。どういう訳かそれが漏れてきた外気によって凍ってしまい、あのタルの中身――会話によると、どこかの温泉水――で溶かそうと画策したらしい。これで二人の外出の理由も分かった。

 小男は目を凝らして炉を見つめる。二対の期待に満ちた視線が一点に集中した。しかし炉は全く変化を見せず、それどころかさっきの湯気が早速凍り、白く貼りついている有り様だった。

「う、嘘だろ……」

 みるみる元気を無くしていくカジ屋の二人。『なんだかよくわからないけど可哀想ね』とチャットまで哀れみの視線をぶつけた(しかし彼女自身は楽しんでいると思われる)。

 今までとことん無視されていたリンクが見かねて、ついに名乗りを上げた。

「俺が溶かそうか?」
「え……誰?」
「ただの通りすがりだ」
「そ、そう。なあ、その話本当かい? お願いできるかな?」

 藁にもすがる思いで頭を下げる小男。チャットは余計なことを言うなと小声で諭した。

『そんなホラ吹いても、無断侵入はチャラにはならないわよ』
「大丈夫だ。策は、ある」

 十分カジ屋と妖精の興味を惹き付けるように、よく通る声で彼は続けた。

「湯で駄目なら、炎で溶かせばいいだろう」

 そう言って彼は炉の前で黙想し始めた。一分もたたないうちに、外気とは違う温度のある風がどこからともなく巻き起こり、彼を中心に渦巻いていく。

 チャットは室内温度がみるみる上昇していくのを感じていた。

(ま、まさか、これって魔法!?)

 かつて妖精の泉に暮らしていた頃、毎日のように感じていた見えない力。彼女には、今にもはち切れそうな透明な炎が、渦を描くことでぎりぎり小屋を燃やし尽くさずにいることが分かった。

 やがてたっぷり蓄えられた魔力が彼の垂れた左手に集まる。すっ、と炉に向かって指差せば、ついに炎は具現化して炉を包み込んだ。ゆらめく炎が無限に色を変えていく様子は、この世のものとは思えないほど美しかった。

「……『ディンの炎』、か」

 溶けるように炎が消え、炉が元の姿を取り戻した後も、言葉を発する事が出来たのは彼一人だった。


←*|#→
(29/132)

戻る

×
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -