* 「え、続きは?」 すっとんきょうな声を上げたのはゼロだ。肩透かしを喰らった彼は口をとがらせて話の続きを催促する。そういえばタルミナの神話の話もまだだった。 「ふぉっふぉっふぉっ。喉が疲れたから休憩じゃ。コタケさん、お茶!」 「あたしゃ小姓ですか……。はいはい、火傷するくらい熱ーいのを出しますよ。ボウヤは?」 「オレは火傷しない程度に熱いのお願いしまーす」 和気あいあいとした雰囲気に、昼間の疲れが紅茶の湯気と共に柔らかく昇華されていくようだった。 ここは「魔法オババのクスリ屋」の居住区である。材木にまで染み込んだキツいクスリの匂いは相変わらずだが、ここはどちらかというとコウメの勢力が強いらしく、怪しげな水晶玉や香炉が飾り棚にところ狭しと並んでいる。その真ん中にポツンと狭苦しく低い食卓が設置してあり、ゼロと双子の魔女たちはそこで仲良く談笑していた。 コウメとコタケは双子というが、本当に「細胞のひとつも同じなんじゃないか?」と思われるほど瓜二つだった。額の宝石がなければ、本人たちだって見分けがつかないのではないだろうか。どんな風習かは知らないが、コウメは赤、コタケは青色の、綺麗に透き通った大きな宝石を飾っているのだ。 浅黒い肌に、飛び出したギョロ目。普通こんな人相のおばあさん二人に囲まれていたら結構怖そうだが、あたたかい雰囲気と二人の細やかな気配りで、ゼロは心もとろけそうだった。 「で、その『雪の精』ってのはどんな悪さするんですか?」 彼はごく無邪気に尋ねた。途端、話し好きのコウメは意地の悪い表情になる。 「夜眠れなくなるかもしれんぞ〜」 「大丈夫ですってば」 ゼロはむくれた。お化けが実際に襲ってくる訳でもなく、恐れるべき対象など何もないのだ。 彼は、その態度が強がりだということを知らない。 「ふふん。そう言っていられるのも今のうちじゃ」 受けて立ちますよ、と俄然目を輝かせてゼロは椅子に座り直した。 * びゅおぉ……どこからか隙間風が吹き込む。羽目板がガタガタ音をたてる。寒さに身震いし、チャットは疑問を口にした。 『なんで室内まで寒いわけ?』 いつものように呼吸をしているだけなのに、氷を丸飲みしているようだった。喉が冷たく焼かれるような痛みを覚える。 「なんだこれは」 呆然と見上げた先、部屋の奥にはびっしりと霜が貼り付いた巨大な黒い塊があった。半ば凍りかけているようで、こうもいびつな形では元の形も判然としない。雪明かりに反射してきらきら輝く様が、不思議と綺麗だった。これが異様な冷気の源だろうか。 さしものチャットも度肝を抜かれた様である。彼女がヒトならば、ぽかんと口を開けて放心しているところだろう。 『……な、なんで、こんなおっきい氷の塊が室内にあんのよ?』 「見ろ。ここから外気が入ったんだ」 リンクが物体の後ろに回って示した。見れば壁の材木の一部が黒焦げになって穴が空いていた。 『うっわー……不用心ね』 「小火か何かあったんだろう。……静かに」 『どうしたの』 リンクは黙って扉を指さした。耳を澄ませば、小屋の壁越しに話し声がする。家主が帰ってきたのだろう。それも複数人いるらしい。 『……隠れる?』 「足跡でばれるだろ」 板張りの床には、雪まみれのブーツで侵入したため彼の足跡がありありと付いてしまっていた。 チャットはわざとらしくため息をついて、そっとリンクの帽子に入った。否、逃げ込んだ。 『言い訳はアンタが考えてね』 「ワガママな妖精に騙された、って言うぞ」 『ちょ……なんですって!?』 緑の帽子が強烈に光って生き物のようにうねった時。 扉が、開いた。 ←*|#→ (28/132) ←戻る |