0-1.緑衣の騎手 昼頃から降り始めた雨は、石畳の上の埃をすっかり洗い流した。 しとしとと鬱陶しいこの雨のせいか、街道にはまったく人気がない。その寂れた道を、まっすぐ東へ走り抜ける馬影があった。 騎手は背中に剣と盾、鞍には革袋、と明らかな旅装をしているが、存外に小さく見えた。長い帽子も纏う衣も、全てが新緑の色をしている。少年と呼ぶにも幼すぎるだろうか。 これだけでも十分に目を引くが、何よりも特異なのは、大人顔負けの馬術を披露している点だ。 この緑衣の騎手は、後方から飛来する矢を、全く振り返らずにことごとく避けているのだ。 彼の後ろには四、五ほどの別の騎影があった。服装はまちまち、しかし先を行く少年の体躯の数倍はある、屈強な男たちばかりであった。 男たちは先ほどからずっと少年を狙って矢を射っていたのだが、一本も当たらない。かといって、接近しようと馬を走らせても、いっこうに追いつけなかった。どうやら騎手としては少年の方が優れているらしい。 男たちの一人が苛立ったように舌打ちをした。 「生意気な小僧め。おい、二手に分かれるぞ」 「挟み撃ちか。よし」 男たちは二手に分かれ、一方は変わらず背後から矢での攻撃を続け、もう一方は少年の進路に立ちふさがるように、静かに回りこんだ。 背後についたグループは、集中的に少年の左側を狙った。緑衣の騎手は自然と、右へ右へ避けることになる。 しばらくはそのまま走っていたが、突然少年は弾かれたように顔を上げた。突如方向性を持ったこの攻撃の意図に気づいたのだ。しかし、いつの間にか大きく街道からそれた進路の正面には、男たちのもう一方のグループが待ちかまえていた。 「手間かけさせやがって!」 先頭の男が曲刀を大きく振り上げた。そのまま切っ先は少年の額に吸い込まれかけたが、寸前で高い音を立ててはじき返された。少年が盾で防いだのだ。そして、すれ違いざまに鞘ごと抜いた剣で男を押した。 「何っ」 後続の二騎にはどうみても軽く当てたようにしか見えなかったが、少年と相対していた男は、その一撃で綺麗に落馬してしまったのだ。驚きを隠しきれない残りの二騎に向かって、少年は突進した。思わず避けてしまった男たちの間を、小さな影が駆け抜けた。 「しまった!」 あわてて弓を構えるが、すでに時遅く、少年は木の陰に隠れてしまった。その先はだんだん木の数が多くなり、やがては広大な森になる。 「逃がしたか」 「禁断の森に入られては……」 舌打ちの音が声に続いた。久しぶりの獲物をみすみす逃がしてしまった。しかも、滅多に出会えない極上の獲物だったのに。 それは、ここハイラル王国の王家の印が刻まれた、美しく青きオカリナを持つ少年だった。 |#→ (1/132) ←戻る |