月と星






「も、もう無理です。休ませてください」

 弱音を吐いて、ゼロはへなへなと手近な岩にへたりこんだ。コウメはホウキに乗って余裕の表情で浮いている。

「なんじゃ情けない。ワシなんかお主の負担を軽くするために、足腰の痛みに耐えながらも必死にホウキに乗っておるのに」

 小一時間も歩き回っているというのに、一向に減らない口だ。一方ゼロは別のものが減っていた。

「お腹、すいたなー」

 物悲しい音を隠すように腹部に手を当て、肩を落とす。ボートクルーズより優先すべきは腹ごしらえだな、と思った。

 せっかちなコウメはぐるぐるゼロの周りを飛び回る。

「まだ出口まで半分も来ておらんというに。ワシ一人で先に行ってもええのか」

 ゼロは愕然とした。オレは一体どれだけ複雑な迷い方をしたんだ。

「すみません、十分だけでいいんで休ませてください……」

 珍しく紅茶色の瞳が暗く沈み、彼はうつろな目で座っている。どうやら相当参っているらしい。それに気づいたコウメは、気を紛らすため昔話を始めた。

「お主は、旅人かの。ならばタルミナについての知識も浅かろう。どれ、ワシがひとつ神話でも話してしんぜよう」

 返事をする気力すら湧かないゼロは、黙って首を振って促した。

「えー、ごっほん。ん? あー、げほ、げほ……」

 声の調子を調えようと咳払いをしたせいでコウメはむせ始めた。げんなりした様子で水を飲ませるゼロ。

「おおありがたい。
 ……では始めるぞ。お主はタルミナの四人の神のことを知っておるか?」
「四人の……? いえ、知りません」

 四人か。その数は四方と一致する。何か関係があるのだろうか。

「昔、この地には四人の巨人がおった。巨人は神となり、タルミナを創りたもうた――」

 沼、山、海、谷。始めに四方が創られ、最後に中心には町ができた。ありとあらゆる種族が、ヒトが生まれた創世の時代。

 巨人は完成した世界に満足し、言った。タルミナの中心から北に百歩、南に百歩、東に百歩、西に百歩行った場所に神殿がある。我らはそこで眠ろう。もしタルミナに危機が訪れたときは、この中心にそびえる塔の上で誓いの歌を奏でよ、きっと我らは駆けつけよう、と。

「しかし、巨人がこの地を去ろうとしたとき、それを止めたものがおった。小鬼じゃ」

 小鬼。大妖精は確か、スタルキッドのことを小鬼と呼んでいた。俄然気力が湧いてきたゼロは、身を乗り出して聞き入る。

「小鬼は巨人と友達でな。自分を置いていくな、と言って追いかけたが、無論追い付くはずもなく。
 小鬼は悲しみ、怒った。そしてある騒動を起こしたのじゃ……」
「騒動って?」
「あ、そろそろ十分経ったな。続きはボートの上でじゃ。さあさあ早く行かんか!」

 コウメがホウキを振りかぶる。今まで耳や背中が散々あの打撃の被害に遭ってきた。また叩かれると思ったゼロは、岩から飛び離れてさっとかわした。

 ごっちーん。ホウキと激突した岩はビリビリ振動している。

「フッ、腕を上げたのう」
「学習しただけです……」

 棒のような足で無理矢理立ち上がったとき、不意に間近にあの奇妙な声を聞いた。ぐえっぐえっ。声はなかなか止まない。

「そうだコウメさん、この声の正体って知ってます?」
「ああ、スナッパーじゃな。執念深くてどこまでも追ってくる、おっかない魔物じゃ。どでかいカメみたいな姿じゃが、寝ているときはそのへんの岩と同化していて気づきにくいんじゃ」

 岩? 二人は同時に先ほどまでゼロが座っていた「岩」を見た。コウメに叩かれてから、小刻みに震えている。衝撃が続いているにしては長すぎる。

「……今、どこから声しましたっけ」

 ぐえっぐえっ!

 ついに、くぐもった声は鮮明に響き渡った。
 岩のような甲羅が持ち上がり、その下から黄色く光る不気味な目が視線を突き刺した。


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