月と星

2-2.くりかえし


 ぼーん、ぼーん。

 鐘が聞こえる。壁やあらゆる凹凸に反射し、潮騒のように何重にもなって。

 ゼロはその回数を数えていた。

 ……十、十一、十二。十二回。

 まだ、真夜中だったのかな。いや、待てよ。そもそも深夜に鐘は鳴っただろうか。大抵は爆睡していたので記憶にないが、わざわざ安眠妨害をするとも思えない。ということは、これは正午の――?

「ね、寝坊したっ!」

 慌てて掛け布団をひっぺがし、飛び起きる。ベッドサイドの鏡で身だしなみを整えてから思い出したように水差しの中身を一口流し込む。

 ことり、と陶器の水差しを戻す頃には、昨日を――意識を失う前のことを振り返る余裕もできていた。

「月が落ちてくるって、大変だったけど……あれは夢だった? まさか」

 そんなはずはない、と彼は首を振る。あの時感じた無力感、やりきれなさ、絶望。全て本物の感情だった。疑いようのないほどに現実味を帯びた感覚だった。記憶が蘇り、ぐっと拳を握る。

 外の様子が気になった。このナベかま亭から、あの月は今どのように見えるのだろう。
 ほとんど窓から身を乗り出すようにして、ゼロは月を探した。

「……っ!」

 あった。記憶よりは遠いが、確かに空に圧倒的な質量を持って存在している。彼は恐怖と畏怖が入り交じった、戦慄というべき感情を覚えて立ちすくんだ。

 彼が震える手で窓を閉めた時、入れ替わるようにドアが開いた。

「お目覚めでした? お昼もちょうどできましたよ」

 母性を感じさせる優しい声。垂れ気味の目。最後の記憶よりも幾分か明るい様子のアンジュが、水差しの替えを片手に部屋へと入って来た。

 咄嗟に反応できず、ゼロは呆然と彼女を見つめる。しばしの沈黙。

「あ! ノック、忘れていました! すみませんっ」

 彼女はゼロの訝しげな視線を勘違いしたのか、慌ただしく頭を下げた。
 あまりにも記憶の中の最後の姿と様子が違う。まるで初めて会った時のような、どこか屈託のない明るさ――。

「アンジュさん」

 気がつくとゼロは彼女に詰め寄っていた。

「もしかして、カーフェイさんに会えましたか」
「カーフェイを知っているの!?」
「あ、いや……」

 彼女の剣幕に思わず身を引く。しまった、直接話を聞いたわけでもないのに、手紙を盗み見て知った名前を口にしてしまった!
 正直に話すか否か。ゼロの思案が実を結ぶより早く、天の助けが降ってきた。

『町の人もうわさにしていましたよ。カーフェイさんのこと』

 この声は……アリスだ!

 いつの間にか傍らにいて、いつものようにさりげなくフォローを入れる。たった三日の付き合いでも、記憶をもたず、まさに零から始まった彼には一番の親友だ。月を見てからいまだに緊張がとけていなかったが、その姿を見てやっと一息つくことが出来た。彼女の存在は仲間としても友達としても心強い。

 アンジュは彼らの様子もつゆ知らず、がくりと肩を落とした。

「……そう。カーフェイにはここ一ヶ月、とんと会ってないわ」
「手紙も?」
「全く……」

 ならば、涙にふやけたあの手紙も夢だった?
 さらに言いつのろうとしたゼロを、アリスが制した。

『ときにアンジュさん。カーニバルまであと何日でしたか?』

 ゼロははっとした。彼女の質問の意図がつかめたのだ。
 対するアンジュは落ち着いて答える。
「あと三日よ」


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