2-1.冬の足音 そびえ立つ尖塔は、天を掴まんとしているのだろうか。城というものは、雲の上をも支配しようと上に上に白い手を伸ばすのだろうか。 もう何度も来た場所なのに、少年は初めてそんなことを考えた。 高い壁に囲まれた中庭に、小さな青紫の花が点々と咲いていた。うっすらと春の息吹を感じる、足下に広がる柔らかな緑の絨毯。壁により四角く切り取られた、遥か上方の青空。少年はそれを仰ぎ見て、故郷の森を想った。 目的地はすぐそこだった。歩み寄る彼の前方には、白い衣を纏った少女がいつものように一心不乱に小窓の中を覗き込んでいた。 少女が自分に気づいていないことを確認し、彼はわざと足音をたてた。そよ風に彼のたんぽぽ色の金髪がさらさら流れる。 「誰?」 小鳥のさえずりのような可憐な声とともに、少女が振り返った。薄く滑らかな白い衣がひるがえり、深い青紫色の瞳が少年の姿をとらえた。 瞬間、その目は大きく見開かれ、表情は抑えきれぬ歓喜に彩られた。花のような笑みがこぼれる。 「貴方は……!」 緑衣をまとった少年は、彼女にここへやって来た理由を告げるため、薄く唇を開いた。 * 『ちょっと。なぁにぼーっとしてんのよ』 不機嫌さを隠そうともしない声に、少年の淡い回想はすっぱり断ち切られた。途端に覚醒した彼は声の主に目をやる。 「呆けてたか、俺」 どうやら的外れな質問だったようで、相手は――朝日のように白い光を放つ妖精は、あきれたような声を出した。 『はあ……。 まあ、どうでもいいわ。それより、次は山ね。山に行くのよ』 有無を言わせぬ口調で言い放つと、妖精は少年の返事も聞かずさっさと先に飛んでいく。 山は、確か北の方角だった。少年は一見では分からないほど小さく肩をすくめると、押し黙って現在の相棒に従った。 * 「バイト君、ゆっくり、落ち着いてー。オーライ」 やぐらの上に向けて、動作がいちいち妙にくねくねしている大工が、なにやら指示を飛ばしている。三日後のカーニバルに向けて、ここクロックタウン中央広場の時計塔前に物見やぐらを建設しているのだ。既に高さは充分のようだが、さらに二段ほど積み重なる予定だ。連日の会議で延長した分、作業は急ピッチで進められていた。 おりしも、人材不足のために雇ったバイト君が、やぐらの上からゆっくりと材木をおろしている最中だった。 「じゃあおろすッスよー。……あっ!?」 一体何事か、と下で待ち構えていた大工が目線を上に向ける。ちょうどその時、がくりとバイト君の手元が揺れた。 大工は誰かにぶつかりそうになり、よろめいた。大工とやぐらの間――つまりバイト君がおろしている木材の真下――を脇目もふらず早足で駆け抜けようとする人影があったのだ。 危険な作業中にもかかわらず突進してくる人影に驚いたバイト君は、注意をそらし手を滑らせた。声を上げたときにはもう遅く、木材は彼の手を離れ、今にもその割り込んできた人の頭上に襲いかかろうとしていた。 ←*|#→ (17/132) ←戻る |