1-8.海の大妖精 『大妖精様! はぐれた妖精珠を連れてきました』 アリスが張り上げた声が洞窟内にこだました。それに応えるように、緑色の魔法の炎が各所に灯る。 これも、二度目のことだ。さすがのゼロも感動は薄かった。だが、今日初めて見たエバンは凍りついて目を白黒させている。 『妖精珠をここへ……』 厳かな声が響き渡る。ゼロは頷き、ビンの栓を開けた。 昨夜、見つけた妖精珠をどうやって連れていくか、でアリスと一悶着あった。こちらが眠っているときに、またふらふらと海に旅立たれてはたまらない。一時拘束することにはなるが、袋にでも入れておこうと考えたのだ。ゼロは妖精珠を見つけ出すのに使った、この泉の水を入れていたビンを再利用すればいいと思ったのだが、アリスは渋った。 『いえ、ビンにはあまりいい思い出がありませんから……』 よほどマニ屋で瓶に詰められていたとき苦い(もしくは苦しい)思いをしたらしい。結局、他の方法がないということで折れてはくれたが。 なにはともあれ、はぐれた妖精珠は今ここにいる。棒立ちになっているエバンを尻目に、若葉色の妖精珠は泉の中心へ飛んでいく。 「……」 泉から光が溢れた。一歩引いていたルルも喉に手をやり、息を呑む。 さあ、いよいよ待ちに待った大妖精との対面だ。ゼロは眩しさを我慢して目を凝らした。 『大妖精様……』 アリスが思わずため息をついた。無理もない、と思う。 光から現れた大妖精のその姿は、背中に薄緑の羽が生えていること以外は、普通の人間の女性と変わりない。流れるような深緑の髪。若葉色の切れ長の瞳。周りに溢れる同系色の緑の光が、逆にこの二色の鮮やかさを引き立てている。目鼻立ちがくっきりした相当の美人だが、どこか人ではないもののの雰囲気を漂わせていた。 その想像以上の姿に、ゼロは言葉を失ってしまった。 『妖精アリス、そしてゼロ。感謝します』 大妖精は軽く目を伏せた。長い睫毛にすぅっと目が吸い寄せられる。 『ほら、ゼロさん!』 ゼロはアリスの声でやっと我にかえった。頭ががくんと揺れる。 「へ? ……ああ、どうも」 素頓狂な声が出て、ゼロは耳まで赤くなった。 大妖精はくすりと笑い表情を和らげた。 『さあ、あなたたちの願いを叶えましょう。私のできる範疇で、ですが』 その声と視線で、ぼんやりしていたルルとエバンも覚醒する。 「ほらルル、願い事を」 しかしエバンがそう促しても、彼女は鷹揚に構えている大妖精と、ぼんやりしているヒトたちを見比べるばかり。 声が出せないから伝えられないのかな、とゼロは思ったがどうやら違うらしい。 『私と二人きりで話がしたいのですね?』 慈母のように微笑む大妖精に、ルルは激しく頷いた。ゼロにはいまいちピンとこない。ただ声のことをお願いするだけなのに、果たしてそんなに恥ずかしいものだろうか? そんな彼をよそにアリスはすぐに理由を察したらしい。 『では、私たちは外に出ましょうか』 と言って先に飛んでいってしまう。ゼロとエバンは顔を見合わせた。 「……そうか、じゃあルル、また」 エバンは軽く手をあげて去っていく。ゼロも慌ててお辞儀をしてからそれに続いていった。 * 洞窟の外まで来た。一同は自然光の眩しさに目がくらむ。 「ねえアリス、何でルルさんは人払いしたんだろ。オレはともかく、エバンさんまで」 ずっと気になっていたゼロは、さっそく尋ねてみた。 しかしアリスは返答に窮し、言葉を濁す。 『それは……私が言っても良いのでしょうか』 「ゼロ君、ルルの心配の種を考えてみればいい」 エバンが助け船を出してくれた。……彼にはもう分かったらしい。 ゼロは少々悔しくて顎に手を当て必死に考えた。 「悩み、ですか。声のことでないとすると……」 ふと、脳裏に昨日の偶然会ったディジョの声が浮かんできた。 『ミカウはボクと同じ部屋だけど……ここ数日見かけてないんだな。 たぶん、どこかにこもって一日中練習してるんだろうけど。ルルにも恋人なのに全然会ってないみたいで、可哀想に、最近寂しそうに海ばっかり見てるし……』 「あ、そういうことか」 彼女の悩みの種、それはミカウの安否だ。 妙に納得できる理由だった。そりゃあ、誰だって恋人が突然姿を見せなくなったら心配するに違いない。彼は自分の鈍さに苦笑した。 「それにしても、アリスよく分かったね。妖精の勘?」 『いえ、そういうわけではありませんが……。種族が違えど、女の子同士ですから』 アリスは語尾を濁す。ゼロは分かったような分からないような、曖昧な顔で相づちを打った。 その時、エバンが何かに反応し洞窟の入り口を振り向いた。 「ルルか?」 そのとおりだった。心なしか彼女は顔をほころばせている。水色の頬も桜色に染まっているようだ。 「それで、ミカウはどうだった?」 単刀直入にエバンが尋ねる。ルルは目を丸くした。まさかこんなにあっさりとばれるとは思わなかったのだろう。説明を求めるように視線を向けられて、ゼロは困ったように頬をかく。 やれやれといった風にエバンは肩をすくめた。 「そんなこと、お前の様子ですぐに分かったよ」 「ミカウさんは無事だったんですよね」 ルルは嬉しそうに口を開いたが、はっとして喉を押さえた。 その様子に気づいたアリスは、戸惑う彼女の周りをくるくる回り囁く。 『あ、お話でしたら私が少しなら通訳できますよ』 ええ、そんなことまでできるのか。ゼロは目を瞠った。 そんな彼の心境を知ってか知らずか、アリスはすらすらと通訳を始める。 『……なるほど。大妖精様は、ダル・ブルーが全員揃ってライブをしている未来を見たそうです』 「それって本当!? 未来が分かるんだ!」 「じゃあ、帰ってさっそくリハーサルするか!」 思わず全員浮き足立った。エバンとルルは互いに見合い、笑顔を咲かせる。ゼロはわくわくしながら問うた。 「エバンさん、ついでにオレもリハーサル見学していいですよね?」 『ちょっとゼロさん! 何のために海に来たんですか!』 「あ……ごめん」 ゾーラ二人から、くすくす笑いが漏れる。ゼロは耳まで赤くなった。 「いや、ありがとうゼロ君。俺たちは帰るけどカーニバルには来てくれよ」 「はい。絶対行きます!」 力強く返答した。そして彼は見送る者として相応しいような、旅立つ者に思い残しを作らせない、すっぱり割り切った笑顔を見せる。 「気をつけてくださいね」 「カーニバルで、また会おう」 エバンの隣で手を振るルルの、初めて会った時とはまるで違う輝くような笑みが、ゼロには何よりも嬉しかった。 ←*|#→ (13/132) ←戻る |