6-3.めおとのお面 「よう兄ちゃん、大丈夫かあ?」 直前までイカーナ王国に心を飛ばしていたゼロは、そんな間の抜けた声で目を覚ました。 ぼんやりまぶたを開ける。目の前にいたのはマニ屋の店主だった。 「あれ、オレ……」 視界が横倒しだ。白昼夢どころか、堂々とベッドに寝ていたらしい。そこは、ついこの間までカーフェイが潜んでいたマニ屋の裏部屋だった。どうやらマニ屋の前に倒れていたところを、店主が見つけて運んでくれたのだという。 ゼロははっとして狭い部屋を見渡した。 (リンクには……バレてないよね) この場にいないので、つまりはそういうことだ。ゼロは安堵の息をつく。今は、自分などより時のオカリナ奪還を優先してほしかった。 マニ屋の主人――サングラスをとっているので雑貨屋の店主と呼ぶべきだろうか――は、毛の少ない頭をぼりぼりかいた。 「まったくビビったわ。あれだけ釘刺しておいたのに、サコンとドンパチやらかしたんやないかって」 「あはは……」 ゼロは力なく笑う。今ごろリンクはサコンのアジトへたどり着いたのだろうか。壁掛けの時計を見ると、もう三日目の朝である。 体を触って異常のないことを確かめたゼロへ、店主が何かを差し出す。 「そや、これ。兄ちゃんにやるわ」 二つのお面だった。黒っぽいお面と、黄色い狐を模したお面である。 「夜更かしのお面、これは昨日サコンが持ってきたやつな。まあ迷惑料と思って受け取ってくれや。 で、こっちはキータンのお面。カーフェイが昔かぶってたもんやけど、ゆうべ出かける時に『もういらん』て渡されてな……。ワシが持っててもしゃあないし、カーニバルの時にでも使ったらどうや」 「あ、ありがとうございます」 ゼロは覚悟を決めてお面に触れた。目の前でお面が消えても店主に言い訳が立つように、ふところにしまい込むそぶりをしながら。 来たるべき感覚に備え、ゼロはまぶたを強く閉じる。 (……来ない?) いつもの白昼夢がない。なのに、しっかりお面の重みは消え失せていた。一体どういうことだろう。まさか、先ほどの夢で取り戻した記憶が最後というわけではないはずだ。 今こそゼロは、死神――ムジュラに関する記憶をこんなにも求めているというのに。 (もしかして、もう境界線がなくなるほどオレの記憶に溶け込んだのかな) 今までの白昼夢は薄膜を隔てたような体験だった。ゼロと鬼神の間には確かに境界線があった。だが、それが消え失せ、知らないうちにイカーナの過去が胸に刻まれたのだとしたら。 オレはいつまで自分を保っていられるんだろう、とゼロは思う。臨界点が訪れる前に、なんとかムジュラを倒したい。 (リンクの迷惑にだけはなりたくない……!) こぶしを握り、改めて決意を固めたゼロは、店主に礼を言ってマニ屋の裏部屋を出た。 不気味な色の空に覆われ、いよいよ月の迫るクロックタウン南広場は、カーニバル前とは思えないほど閑散としている。 勇んで出てきたはいいものの、「これからどうしよう?」と立ち止まる。ゼロは答えを求めてごく自然に隣の中空を見、そこに誰もいないことに気づいて苦笑した。 (やっぱりアリスがいないと、どうしたらいいか分からないなあ) 相棒に頼りきっているのはよくないことのはずなのに、何故かその甘えを切り捨てる気持ちにはなれなかった。 リンクが帰ってくるまでに、できる限りの記憶を取り戻したい。手っ取り早くお面を手に入れるには、ルミナと合流することだ。前回の三日目に彼女から譲り受けたお面は一枚だけなので、まだいくつか持っていたはずである。 ひとまずの方針を定めたゼロは、一人で歩き出した。 * ――時間は巻き戻り、二日目の夕方ごろのこと。カーフェイから思い出のペンダントを受け取ったルミナとチャットは、矢のように駆けてナベかま亭に舞い戻った。 暇そうに廊下を掃除していたアンジュを見つけ、肩を叩く。 「アンジュ、驚かないでね」 ルミナはにやりと笑うと、背中に隠していたものをアンジュに握らせた。手のひらに乗った重みの正体を悟り、きょとんとした彼女の表情はみるみる晴れていく。 「このペンダント……! やっぱり、カーフェイに会えたのね!」 自然とルミナのほおもほころぶ。友人のこんな顔がまた見られるなんて、苦労した甲斐があったというものだ。 「うん。元気そうだったよ。でもやっぱり今はまだ会えないって。もーホントにあいつってば強情なんだからー」 「それでもいいの。私、決めた。ここでカーフェイを待つわ!」 アンジュは明るく言葉を結んだ。思えばここまで長かった、とルミナは感慨深い。 「それって牧場には避難しないってこと……だよね?」 「ええ。母さんには怒られるかもしれないけど、そうしたいの」 「そっか。わたしも一緒に怒られてあげるから、お母さんのところに行ってみようよ」 二人は母親のいる厨房に向かった。夕餉のなんとも言えないいい香りが漂ってきて、やはりナベかま亭の味はこれだとルミナは確信する。 アンジュの決意を聞いた母親は案の定眉をひそめた。 「ここでカーフェイを待つ? 何言ってるんだい。この町には避難命令が出たんだよ、明日にはみんなでロマニー牧場に逃げないと」 「避難命令!?」「そんな……」 どういうことだろう。ここにきて、町長邸のあの不毛な論争が決着したというのか。 予想外の事態に直面して焦るルミナへ、母親は不審そうな目を向けた。 「あ、いや、避難命令が出たこと自体はいいんだけど……」 街でカーフェイを待たなければならないし、何よりもカーニバルの準備が中止されてしまえば、時計塔の扉が開かなくなる。それだけは避けるべきだった。 あれだけ強硬にカーニバル開催を叫んでいた実行委員会のムトーが、果たして本当に避難命令など納得したのだろうか。優柔不断な町長がムトーの説得に成功したとは思えないし、一体何があったのだろう。 眉間にシワを寄せて考え込むルミナに、チャットが助言した。 『とりあえず町長公邸に行ってみない?』 「う、うん。あっそうだ、アンジュも一緒に来てよ!」 「私が? でもお仕事が……」 「いいですよね、お母さん」 ルミナは母親に目線をやる。彼女は「仕方ない」というように肩をすくめた。 アンジュを連れて行くのは、ルミナらしくもなく打算が働いた結果だった。余所者のルミナよりも、今後ドトール町長の義理の家族として付き合っていくアンジュの方が、より多くの情報を引き出せるのではないか、と考えたのだ。 三人は魔窟・町長公邸に乗り込んでいった。 受付を済ませ廊下を曲がってすぐの場所に、疲れた様子の男たちがたむろしていた。狭い空間が嫌な熱気でむしむししている。 「こうなったら意地でもカーニバルを続けねえと……」 不穏なことをつぶやく実行委員のまとめ役ムトーと、 「まだ全員に避難命令が伝わっていないのか。必ず明日の夕方までに避難を完了させるんだ」 テキパキと部下に指示を飛ばす自警団長バイセンがいた。 ルミナたちはその間を「ちょっと失礼します」と通り抜け、まっすぐに町長の部屋に入っていく。 「ドトール町長!」 机の上でへたっていた男に呼びかけると、彼はぎょっとして飛び起きた。 「ああ、アンジュさん。それに、ええと、あなたは……」 「ナベかま亭に滞在中の、ゴーマン一座のルミナです。町に避難命令が出たと聞いたんですが、どういうお考えなんですか?」 目尻を吊り上げてルミナが問えば、町長は自信なさげに下を向く。 「いや……だってもう月が落ちるんだし危ないだろうって、カミさんが」 (ああ、町長夫人か!) ドトール町長は恐妻家として知られている。つまり、夫人は町の裏の支配者というわけだ。 だが、本当にアロマ夫人が避難命令などという強行策を望んだのだろうか? 彼女は以前の三日間でルミナにカーフェイの捜索を依頼してきた。それは、町に息子が残っている可能性も十分考慮しているということだ。自分だけ避難するなど考えにくい。 「それ、もしかして奥さんの発言を拡大解釈してませんか」 町長はぎくりと肩をすくめる。やっぱりね、とルミナは確信した。 おおかた、「そろそろ避難しないと危ないでしょうね」などという夫人のさりげない発言に飛びついたのだろう。町長たちは、終わらない会議を三日をはるかに超えてずっと続けてきた。カーフェイを待ちくたびれたアンジュのように、疲労が蓄積していてもおかしくない。カーニバルか避難か、どちらでもいいから決めてしまえばその重荷からも解放される。町長は「アロマ夫人がこう言っていた」と会議で持ち出し、バイセンを味方につけて無理に意見を通したのだ。 そこでルミナは頭を下げた。 「町長、お願いです。逃げたい人は逃げてもらっていいです。でも、どうかカーニバルの準備は続けてください。そうしないとムトー実行委員長の気がおさまらないと思います。怒らせた挙げ句、時計塔に立てこもられたら面倒でしょう?」 「そ、それは確かに……でも月が迫ってきてるんだよ? ゴーマン一座は、そこまでしてカーニバルをやりたいのかい」 「いいえ、月は落ちません」 きっぱりルミナは言い切った。あまりにも確信的なので、隣のアンジュも圧倒されたようだった。 ルミナはそんな友人の肩をやや強引に抱いて、 「ほら、カーニバルの日にはこうして未来ある夫婦が生まれようとしているんですよ。大人が応援してやらなくてどうするんですか!」 『なんかそれはちょっと違くない?』とチャットが小声で突っ込む。 アンジュも一歩前に出た。 「ごめんなさい、私からもお願いします。この町で、カーフェイを待ちたいんです」 町長はあごひげをなでた。 「ん……まあ、命令って言っても明日までに避難するのが難しい人もいるだろう。ムトーが怒ったら怖……じゃなくて、カーニバル実行委員の立場もあるし、そうだな、無理のない範囲で準備だけは続けてもらおうかな」 ルミナはほっと息を吐く。 「ありがとうございますっ」 町長の執務室には、退出するルミナたちと入れ替わりにムトーが呼ばれて入っていった。すぐに部屋から驚きの声が上がる。 町長公邸から出ると、チャットが弾んだ声で言った。 『やるじゃない。明日の夜に時計塔の扉が開かなかったら普通にピンチだものね』 「そうそう、これであとはリンクたちを待つだけだよ!」 ルミナはくるりと視線を巡らせて、 「もちろんカーフェイもね」 と付け加える。 アンジュも清々しい表情をしていた。 「ええ。カーフェイを信じて待って、私はあの人の帰る場所になりたいの」 夢を語る彼女に、ルミナはそっと笑う。 「もうなってるよ、きっと」 * そんなやりとりから一晩が経って――三日目のゴーマン一座は、突如として降って湧いた避難命令と「急ぎの場合は従わなくても良い」という中途半端な措置に揺れていた。 いつもは万事心配性のゴーマン座長だが、今回ばかりはいやに冷静だった。 「昨日のうちに兄ちゃんたちに連絡を取った。ゴーマントラックに皆で避難するぞ」 これではいつぞやと同じだ。朝の会合の場で、ルミナは不満の声を上げる。 「それじゃ、カーニバルの前座はどうなるの!」 「でもここも危ないんだろう? カーニバルどころじゃ……」 ローザ姉妹の姉ジュドが口を尖らせた。 「だから大丈夫なんだってばー!」 ルミナは力説した。しかし根拠が乏しいため皆に首を振られる。 奥の手とばかりに彼女は「お願い、座長」と熱視線を送った。 「むう……そこまで言うなら、一応昼までは待とうか」 「ありがとう座長!」 ルミナは満面の笑みで礼を言うと、呆れ返る仲間たちにはお構いなしに、待っていたチャットとともに部屋を飛び出して行った。向かうはクロックタウン洗濯場だ。 あれからカーフェイは一体どうなったのだろう。そう思って訪ねた隠れ家は、鍵が開いたままだった。 「お、来よったな」 そこにいたのはマニ屋の店主――ではなく、サングラスをとった雑貨屋の店主だった。 「やっぱりあなたがカーフェイを匿っていたんですね」 隠れ家がマニ屋の裏手となれば、誰にでも思いつくことだ。それに、ドトール町長と店主は昔からの悪友同士と聞く。もしかすると町長がアロマ夫人に内緒でカーフェイを手助けしていた可能性もある。 「まあな。アイツも知り合いくらいには顔見せたらええのに、なかなか強情でなあ。多分オカンに似たんやな」 ルミナはくすりと笑った。優柔不断な町長の父と、影の実力者の母。どうやらカーフェイはどちらの資質もしっかり受け継いでいるようだ。 「でな、カーフェイ、これをおふくろさんに渡してほしいそうや。もし時間あるなら届けてくれへんか」 店主が差し出したのは手紙である。おそらく昨日机の上に置いてあったものだろう。チャットは呆れた。 『もう、瀬戸際になってこういうことするんだから』 「まあカーフェイらしいけどねー」 ルミナは苦笑するしかない。むしろ、今のカーフェイには太陽のお面しか見えていないだろうに、母親に気を回す余裕があったことは素直に喜ばしい。 速達、ということはポストに投函するよりも配達員に直接渡すべきだろうか。 「分かりました。アロマ夫人に届けておきます」 裏部屋の玄関をあけると、真正面に人がいた。ルミナは危うく顔から突っ込みかける。 「ルミナ……こんなところにいたんだ」 ゼロだった。白銀の髪が汗で額に張り付いている。らしくもなく、焦った様子である。 「わたしに何か用?」 「その、きみの持ってるお面を全部オレに渡してほしい」 「えっ? 別にいいけど……あ、カーフェイのお面だけはまだ使うかもしれないな」 唐突な提案だが、もともとこのお面は全てゼロのものだったことを思い出す。「それなら仕方ない」とお面を取り出そうとしたルミナの手を、チャットが押し留めた。 『待って。ゼロ、アンタは自分の記憶を取り戻したいってことよね』 ゼロはこっくりうなずく。 「うん。どうしても、それがこれからの戦いで必要になるんだ」 「そういうことなら――」 『ダメよ。アンタ、そのお面に触ったら寝る時間が伸びたりぼーっとしたりするでしょ。もしこれ以上何かあったらアタシたちじゃ対処できないわ。せめてアリスか、アイツがいる時にしなさい』 厳しく咎めるチャットの発言に、「え?」とルミナは首をかしげる。よく分からないが、ゼロの側にも複雑な事情があるらしい。 ゼロはしばらく切羽詰まった顔で妖精と見つめ合っていたが、 「……分かった。ごめん、時間取らせて」 逃げるように去っていった。ルミナが声をかける隙もない。 「ゼロ、なんか困ってたみたいだけど、あれで良かったの?」 『あんな背の高いやつに往来で倒れられても運べないじゃない!』 「うーん、それはそうか……でもなあ」 もちろんチャットの懸念はそれだけではない。一人で行動するときのゼロは、妙な方向に走ることが多いのだ。それこそリンクやアリスがストッパーにならないとどうにもならないだろう。 チャットはふっと気が抜けたようにつぶやく。 『そういえば、カーフェイたちは大丈夫かしらね』 「え? 大丈夫だよーきっと」 だって、リンクがついているんだから。ルミナは続きの言葉を飲み込んでくすりと笑った。 今、妖精はカーフェイ「たち」と言った。つまり、チャットはリンクのこともなんだかんだで心配しているのだ。 * 二日目の夜、マニ屋に姿を現したサコンを追いかけ、リンクは東門をくぐってタルミナ平原に繰り出した。やはり盗人は谷の方角を目指しているようだった。 夜中も移動するのかと思いきや、サコンは平原に開いた穴の中に入り、結果的にそこで一晩を過ごした。リンクはどうすることもできず、適当に離れた位置から穴を見守った。クロックタウンの門を抜ける時に兵士に見咎められたため、今はデクナッツの仮面は外している。 リンクが立ち止まるのと同時に、背後の「気配」も歩みを止めたようだ。ずいぶん前から誰かがリンクの後ろをついてきていた。足音は軽く、必死に気配を隠そうとして失敗しているのが分かる。 (やはり来たのか) ゼロが言っていた通りだった。それでも一応自分の目で正体を確かめるため、剣を抜くのと同時に振り返り、大股で一気に距離を詰めた。 紫の長めの髪を左右に流した子供は、いきなり臨戦態勢になったリンクに剣を突きつけられ、腰を抜かしたようだ。 「名を名乗れ」 「か、カーフェイだ……」 ゼロが昼間会ったという、ナベかま亭のアンジュの婚約者だ。どこからどう見てもリンクと同じくらいの子供なので、本当に元大人なのだろうかと思う。が、リンク自身も似たような経歴を持つのだった。アンジュたちのゴタゴタにはルミナやチャットが騒ぐほどにリンクは興味を持てず、今までほとんど関わってこなかったため、カーフェイに関する情報は不足気味である。 害はないと判断してリンクが剣を収めると、カーフェイは勢い込んで、 「お前もあの泥棒を追いかけてるんだろ? どうだ、ボクと協力しないか」 リンクは少し逡巡する。だが、放っておいても目的地が同じなのだから大して状況は変わらない。それに、カーフェイはろくな武装もないようだ。ここで見捨てて怪我でもされたら夢見が悪い。 「いいだろう。俺はリンクだ」 「よろしく、リンク」 サコンがどのタイミングで目をさますのか分からない以上、のんびり眠ってなどいられない。特に魔物への警戒を続けるリンクはそうだ。今夜は二人で夜を明かす事になりそうだった。 草の上に座って黙っていると、カーフェイはずいと近寄ってきた。 「キミは、旅人なんだよな。昼間会った銀髪の彼とは仲間なのか」 (仲間?) リンクはらしくもなく動揺した。ゼロが仲間――当然、他人にはそう見えるだろう。マニ屋の裏に潜んで昨日の店主とのやりとりを観察した結果、カーフェイは仲間と判断したわけだ。 「まあ、一応は」 「ヤツに盗まれたものがあるんだな」 「そこはお互い様だろう」 カーフェイは顔をこわばらせた。余裕の無さが見て取れる。それはリンクも同様だ。 だが、カーフェイはリンクと違って世間話に花を咲かせるくらいの社交性はあるらしい。行方をくらませて以降、まともに他人と話をしていなかったせいかもしれない。どうも単純に会話に飢えているようだ。 「リンクはどうして旅をしているんだ」 「探し物があってな」 「銀髪の彼も同じ目的で?」 「いや、あいつは違うが……たまたま、今は一緒に行動しているだけだ」 リンクは周囲に注意を払いつつ、言葉少なに答える。そう、彼の旅路は愛馬を除けば自分一人だけのものであるはずだった。だが今となっては事情が違う。チャット、ゼロ、アリス、ルミナ。気づけば何かと協力してくれる「仲間」が増えていた。 ――ハイラルに帰れば、また一人と馬一頭に逆戻りなのだ。 ぐるぐる考えていると、いつの間にかカーフェイは土の上に横になって眠りこけていた。休息を取れるのも今のうちだけだ。そのままにしておくことにした。 リンクもいい加減疲れはあるが、意識を保ち続けていた。ムジュラとの決戦を控えているのにこんな場所で体力を消耗するなんて――それも、元はと言えば自分の油断が原因なのだ。忸怩たる思いが胸を支配する。 翌日、サコンはなんと昼頃に起き出し、穴から這い上がってきた。二人はそれを追ってタルミナ平原を横断した。イカーナ地方につく頃にはもう夕方である。こんなことなら少しくらい眠っておけばよかった、と今更後悔しても遅い。 アジトへ赴く道中で、カーフェイは自分が子供になった原因や、盗まれた太陽のお面を取り戻したい理由について自ら吐露した。リンクは特に口を挟まず黙って聞いていたが、最後に一つ質問した。 「そんなにお面を取り返したいのか」 「もちろん。だって、アンジュと約束したんだ」 「本当に町で彼女が待っていると信じられるのか?」 一ヶ月も放置し、一昨日になってやっと手紙を出しただけなのに。とっくに見捨てられていてもおかしくないのでは、と部外者のリンクは考える。 それでもカーフェイはまっすぐ前を向いて言った。 「ああ。あのペンダントを見たら、彼女には分かるはずだ」 彼には内なる不安をはねのけるだけの覚悟があった。 おそらくカーフェイの原動力は、積み重ねてきた過去そのものだ。今までアンジュと交わした言葉、過ごした時間が決して自分を裏切らないことを知っている。 (俺は、誰かとそんな関係を築けているのだろうか) リンクは自嘲気味に虚空へ問いかけた。 草木が減り、荒涼としたイカーナ地方に入った。サコンはイカーナ村の方角には向かわず、川を渡る前で道を逸れる。以前崖で通せんぼしてきたポウマスターはどうしているのだろうか。 サコンの向かう先、崖際に洞窟があった。しっかり岩で塞がれているが、サコンが前に出るとどういう仕組みか岩がスライドしていく。大仰な仕掛けだ。 「……あった。あそこがサコンのアジトだ」 カーフェイが小声で囁いた。リンクは渋い顔でうなずく。今になって襲ってきた眠気を無理やりはねのけながら。 「行くぞ!」 ←*|#→ (124/132) ←戻る |