6-2.カーフェイ 「カーフェイから手紙が来た?」 おずおずとアンジュが取り出した封筒を見て、ルミナは目を丸くした。 確かに差出人欄に「カーフェイ」と記してある。どうも見た覚えのあるような筆跡で。 アンジュは不安と期待がないまぜになった顔をして、 「そ、そうなの。びっくりしちゃって、まだ封は開けてなくて……」 「ええ!? 早く見なよ!」 「わ、分かったわっ」 と言って何故かアンジュはナベかま亭のロビーから出て行った。どうやら二階にペーパーナイフを探しに行こうとしたらしく、「いやそこまでする必要ないよね?」と言うルミナとまた一悶着あった。 結局、アンジュに任せていたらいつまで経っても中身を拝めないということで、ルミナが封を開けた。 取り出したぺらぺらの便せんの上を、アンジュの視線が走っていく。みるみる涙があふれてきた。 「カーフェイだわ……!」 色めき立ったルミナとチャットは相次いで手紙を覗きこむ。 『迷惑をかけてすまない。でも、まだきみのもとに戻ることはできないんだ。カーニバルの日までには必ず帰るから、どうかそれまで待っていてほしい』 要約すると、このような内容だった。 「待ってて、って……いなくなった理由も書かないで、それだけ? いくらなんでも無責任すぎない?」 一ヶ月も行方不明になっておいて、この紙切れ一つで信じろというのか。ルミナの表情は厳しい。これまでの「三日間」で散々振り回されてきた恨みが、ふつふつと腹の底から湧いてくる。 『ねえこの手紙、どこから来たのか分からないの? 多分クロックタウンのポストから出されたのよね』 一方のチャットは冷静に尋ねる。 「ポストマンに聞いたけれど、守秘義務があるからって教えてくれなかったの……」 アンジュはしょんぼりした。 とにもかくにも、これでカーフェイのいる範囲は町の中に限られた。手がかりが全くなかった今までと比べるとずいぶん捜しやすくなったと言える。 カウンターを挟んで女性三人が盛り上がっていると、ナベかま亭の戸を開けて一人のゴロン族が入ってきた。 「あのー、ちょっとよろしいゴロ?」 接客の邪魔をしないよう身を引こうとするルミナに、アンジュがそっと囁きかけた。 「ルミナ、お願い。私の仕事が終わった後……夜中の十二時、厨房にきて」 「わかった。くわしい話はその時に」 チャットを連れて一旦ナベかま亭を出る。 『どうする? これから町中巡ってカーフェイを探すの?』 「うーん……まずはポストマンに直接訊いてみようかなあ」 ダメでもともと、と二人はポストハウスを訪ねることにした。 ちょうど昼の配達が終わった後らしく、ポストマンは局内でストレッチをしていた。職員は一人きりで、閑散としている。 配達の依頼かと目を輝かせるポストマンに断りを入れつつ、ルミナは、 「あのー、ついさっきナベかま亭に配達した手紙の出どころって、やっぱり教えてくれないんですかね。行方不明の人の手がかりかもしれないんですけど」 と、カーフェイのお面を取り出す。 ポストマンは困ったように眉をひそめる。 「……知らないのだ。知ってても、ヒミツなのだ」 『それって知ってるってこと?』 「と、とにかく局長さんの許可がないとダメなのだ!」 ポストマンはそっぽを向き、やがてブツブツ言いながら懐中時計を片手に十秒ぴったり数えるゲームに熱中しはじめてしまった。 仕方なくポストハウスを出たルミナは、がくりと肩を落とした。 「いかにも公務員っぽい答えだったね……」 『どうする。郵便局長って、町長夫人よね。いっそ直談判してみるのはどう?』 チャットの提案について考えてみる。一瞬それもありだろうと思ったが、 「……いや、やっぱりやめよう。カーフェイ、何か理由があって隠れてるみたいだし。親には言いづらいことがあるのかも」 チャットは『それもそうね』と同意し、話題を変えた。 『そういえば、ポストマンって三日目までずっと残ってるのかしらね。配達する手紙もないでしょうに』 「あ……ずっとクロックタウンにいたのに、気にしたことなかった。真面目だから、避難命令とか出ないと逃げられないのかな?」 町長公邸で行われているカーニバルの運営会議がどうにかして収束しない限り、それも叶わない話だ。 来たるべき決戦に向けて、できる限り町から人々を避難させた方がいいのかもしれない。だがカーニバルの準備自体は継続してもらわねば、最終日の午前零時に時計塔の扉が開かなくなる。難しい問題を抱え、束の間ルミナは考え込む。 『ところで、町の大妖精様に頼まれたことは放っておいていいの?』 不意打ちで尋ねられ、ルミナはあっと口を開けた。 「そうそう、それもあるんだった」 彼女は未だ、大妖精の正体に気づいていない。一人きりで大妖精と対面した結果、完全に場の雰囲気に圧倒されてしまい、そこまで頭が回らなかったようだ。 『結局何を頼まれたのよ?』 「なんかね、町の中で一番大きな音が鳴る楽器を見つけてほしいんだって」 『大きな音ねえ……』 デクナッツリンクの奏でるデクラッパなどはなかなかよく響く楽器だったが、アリスが求めるのはそれではないはずだ、とチャットは思う。おそらくいやしの歌と関係があるのだろう。 「それを探しながら、ひとまずは部屋に戻ってギターの練習でもしようかな。だって……ふふ、やっとカーニバルを迎えられるんだから!」 問題は山積みでも、ルミナはこみあげる嬉しさを抑えきれない様子だった。にやにや笑いがほおに貼りついている。 「アンジュとの待ち合わせに備えて仮眠もしないと。そうだ、リンクはそろそろ山から戻ってきたかな?」 『どうかしらね』 つんと澄ましたチャットの声に、ルミナは首を横にかたむける。 「ちゃんと仲直りしないとダメだよ?」 『……分かってるわよ』 どう考えても素直になりきれていないチャットの返事に、ルミナは苦笑するしかなかった。 * 時のオカリナを盗んだ稀代の大盗賊は、スリのサコンだった。リンクはあの顔を前に見たことがある。 「あいつ……確かイカーナ地方にいたな」 リンクの背中の剣をジロジロ見てきた不審者だ。あれは獲物を物色するまなざしだったのか。もしやその周辺にアジトが、と閃くが、手がかりなしで探すにはイカーナは広すぎる。 ぐっとこぶしを握る。彼のまわりには陽炎のように殺気が立ち上っていた。もしこの場にサコンがいたらそのまま殴りかかっていただろう。 恐れおののいたゼロは、ひとまず建設的な提案をした。 「サコンのこと、マニ屋に聞いてみない? 夜しかやってない、盗品を扱ってるお店だよ」 「その店は何度か利用した。アリスも最初はそこにいたんだったな」 「そうそう。ビンに閉じ込められてて……それで狭いところが嫌になったみたい」 今思い返せば、大妖精をビンに詰めるなんて凡人にできる所業ではない。それもムジュラの仕業だろうかとリンクはちらりと考える。 立ち話をしていても仕方ないので、二人は夜の帳に沈む石畳を歩いてクロックタウン西地区に向かった。 ちょうどマニ屋の開店時刻だ。ゼロは一番最初の三日間を思い出すような心地でマニ屋の扉を開けた。 狭苦しい店内の奥にいた主は、来客を一瞥して不審そうに腕組みをする。 「なんやニイちゃん、ここは子ども連れで来るとこやあらへんで」 店主の物言いに、リンクは明らかにムッとした様子で眉をひそめた。実際は子ども連れというより、ゼロがリンクに付き従っているのだが。 ゼロは「まあまあ」とリンクをなだめつつ、 「実はオレたち客じゃなくて。ここに物を売りに来る人の情報が欲しいんですけど……」 と単刀直入に尋ねる。 案の定、マニ屋の店主はサングラスの奥の瞳を盛大に細くした。 「あー、お客さんここ初めてやろ? ウチ、そういうのやってへんで。ワイはあくまで善意の第三者や」 「これでも、ですか?」 口の端に笑みを閃かせたゼロは、財布からシルバールピーを取り出す。 しかし店主は渋い顔をする。 「大事な顧客の情報や、金で売れるもんやあらへん。なによりウチは信用商売なんや」 「それなら」 ゼロがカウンターにポンと載せたのは、巨人のサイフ本体だった。 「お前、それは……」 さすがのリンクも息を呑む。「気にしないで」とゼロは目だけで微笑みかけた。 「さあ、これでどうです?」 ゼロには勝算があったのだ。 「これは……商売人なら誰でも憧れる、巨人のサイフ!」 以前アキンドナッツにも同じような反応をされた。マニ屋の店主も商売人という立場は同様だったようで、カウンターの奥で腰を抜かしている。 「ニイちゃん、一体何者なんや!」 「何者なんでしょうね?」 とゼロはミステリアスな笑みを返したが、本当に自分が何者なのかよく分かってないだけだろう、とリンクは呆れる。 店主は参ったとばかりにひらひら手を振った。 「そんなもん受け取れへん。分かった分かった、巨人のサイフの持ち主の言うことや、答えよう。ウチの仕入れ先のことやったな」 「はい。スリのサコンのことです」 いよいよ話が核心に迫り、リンクは身を乗り出す。一方の店主は拍子抜けしたらしい。 「なんや、あいつかあ。まあ、噂通りのケチで小心者でな。そのおかげか警戒されにくいらしくて、たまに町にやってきてはずいぶんと悪さをしよった。刻のカーニバルなんか掻き入れ時やな。そういえば、ため込んだお宝をしまうためのでっかいアジトがイカーナ地方にあるらしいで」 「それはどこだ」 リンクが勢い込んで問う。 「それが……ワイも知らんのや」 瞬間、リンクが大妖精の剣を抜きかねない気迫を発したので、ゼロは慌てて、 「て、手がかりはありませんか? オレたち、ちょっと大事なものを盗まれてしまって……」 「ほお。盗んだもんがあるんやったら、明日にでもうちに売りに来るはずやで。にしても巨人のサイフまで見せて情報収集するなんて、お客さんたち何を盗まれたんや?」 リンクは不機嫌に黙りこくる。時のオカリナを失ったなど、一生の不覚だろう。 「ま、まあ、いろいろあって。つまり、明日ここを見張っていればいいんですね」 「ただし、揉め事は店に持ち込まんといてや。面倒なことは外に出てからやで」 店主はそこで何故か、ちらりと壁の方を見る。 ゼロは礼をした。 「もちろんです。ご協力ありがとうございました」 苦い顔をするリンクを促して店から出る。 ――扉が閉まった後、マニ屋の店主はカウンターに置かれたままの二百ルピーをいそいそと懐にしまいこみながら、口を開く。 「はー、えらい客やったわ。まさかこの目であのサイフを見るとは……。 あの二人、サコンを追ってるそうやし、案外話せば協力してくれるかもしれへんで?」 独り言にしては大きな声だった。 すると一言、壁の向こうから、 「……どうだか」 と返事があった。 * 深夜零時。静まり返ったナベかま亭の階段をゆっくり降りて、ルミナは厨房にいるアンジュに会いに行った。もちろんチャットも一緒である。 アンジュは明日の朝食の仕込みをしていた。鍋を火にかけ、おかしな匂いのするドロドロしたものを煮込んでいる。ルミナは「明日の朝は外に食べに行こう」とこっそり誓った。 「アンジュ」 声をかけると、アンジュはやっとルミナたちに気づいて振り返る。 火を弱めて鍋に蓋をした彼女は、用意していたものをエプロンのポケットから取り出した。 「ルミナ、頼みたいことがあるの」 アンジュが差し出したのは手紙だった。 「これってカーフェイ宛の……?」 宛先の住所は書いておらず、表にはただ「カーフェイへ」とだけある。 「ええ。これをポストに投函したら、もしかするとカーフェイのところにまで届けてくれるかもしれないから」 確かにポストマンはカーフェイの居所を知っているそぶりだった。可能性はある。 『なるほど、手紙を運ぶポストマンを追いかけたら、カーフェイに会えるかも!』 チャットは歓声を上げた。一方でルミナの頭には疑問がわく。 「それ、わたしたちがやっていいの? アンジュはカーフェイに会わなくてもいいの……?」 アンジュは苦しげに胸のあたりをおさえる。 「だめなの。勇気が出ないの。カーフェイは、私との結婚が嫌になって出て行ったのかもしれない……」 声が震えていた。 「そんなことないよ」 ルミナは自信を持って断言する。ロマニー牧場にカーフェイがいないことを確認した彼女だからこそ、今のアンジュを元気づけることができる。 「カーフェイのこと、信じてあげて。姿を見せないのは何か理由があるんだよ。あいつ、変に見栄を張るところあるし、アンジュに絶対言えないようなとんでもないヘマでもしたんじゃないの?」 「そうかしら……」 「きっとそうだよ。分かった分かった、わたしがちゃんと見つけ出してあげるから、アンジュはもうちょっと待ってて!」 アンジュはこわばった顔を少し緩めて、こくりと頷いた。 「それじゃまた明日ね」とルミナはあくびしながら二階へ戻る。 チャットが独りごちる。 『あーあ、こんな時ゼロがいたら楽なのに』 「え、どういうこと?」 『あいつは、えっと……元ポストマン、みたいなものなのよ。だからあいつがいたらポストの中身も確認できると思うんだけど』 チャットは、ポストハットの能力を引き継いだ彼が海賊のアジトで助けてくれたことを思い出す。深夜だというのに彼もリンクもナベかま亭には戻っていなかった。喧嘩中のチャットがいるので、仕方ないと言えばそうなのだが。 ルミナは目を丸くした。 「へー、便利。なんかよく分かんないけど、リンクもゼロも結構すごい人だよねー。わたしは全然大したことないのに」 チャットはふと疑問を抱く。 『あのさ、なんでアンタは時を繰り返しても記憶を保っていられるわけ?』 故郷で勇者をしていたというリンク、かつて鬼神であったというゼロ、大妖精のアリス。チャットは時の歌が奏でられた際に時のオカリナと近い位置にいたため、時の繰り返しにも記憶を保持していられるのだろうが、ルミナは違う。 何故、彼女だけが例外なのだろう。 「それが、わたしも全く心当たりないんだよね。なんでかなあ?」 ルミナはのんきに首をひねった。 ←*|#→ (122/132) ←戻る |