5-4.ロックビルの神殿 気づけば、見知った顔のデクナッツが目の前に佇んでいた。 その背丈は、種族の平均と比べてもなお低い。頭からはぴょこっと双葉が出ていた。さらにはぽかんと口を開けて――これはデクナッツの常だが――こちらを見つめてくる。どことなく寂しそうな眼差しで。 その姿を確認したリンクは、あることに思い立った。 「お前……もしかして、執事の息子か?」 もう随分前の「三日間」で、彼はウッドフォール地方を攻略した。密林仮面戦士オドルワを倒して毒沼を清めたことで、デクナッツの王国を救ったのだ。 その後、ウッドフォールの神殿に囚われていたデクナッツの姫を助け出して城に送り届けると、「お礼として渡したいものがある」と執事から申し出があった。 リンクは案内された秘密の祠を、奥へ奥へと進んでいった。執事は、手に持った傘のような葉を回転させて異様な早さで飛んでいくため、ついて行くのに結構苦労した記憶がある。 そして、祠の最奥では「ブーさんのお面」を渡された。どうやら被ると嗅覚の鋭くなるお面らしい。しかし、何故執事がこれを渡してきたのか、リンクにはよく分からなかった。 理由が判明したのは帰り際だ。彼は、執事に「息子と競争している気分だった」と告げられた。まるでデクナッツリンクを誰かと重ねているような眼差しと、過去を懐かしむような口調だった。 つまり、リンクがデクナッツの仮面で変身した姿は、執事の息子と似ているのだ。だから執事はお礼にかこつけて、リンクと競争をした―― 彼とデクナッツの仮面との出会いは、タルミナに初めて足を踏み入れた時まで遡る。リンクはスタルキッドに無理やり仮面を被せられ、デクナッツに変身させられた。最初はデクナッツ姿に慣れず、かなり難儀したものだ。その状態からは、お面屋の協力により抜け出すことができた。いつもの姿に戻ることが出来た安堵が大きくて、リンクはデクナッツの仮面の出自を特に意識することもなかった。 だがその後、ゴロンの仮面で変身した姿は魂の主であるダルマーニ三世に、そしてゾーラの仮面はミカウに似ていることが判明した。ということは、デクナッツの仮面にも、誰か元になった人物がいるのではないだろうか。実際、それについてはチャットとも何度か話し合ったことがあった。 「そうだろ。お前、デクナッツ王国の、執事の息子なんじゃないか」 リンクは言葉を重ねながら、歩を進める。執事の息子――と思しきデクナッツは答えず、くるりと背を向けた。そのままリンクから逃げるように走り去る。 「あ、待て!」 反射的に追いかけはじめて、彼は違和感を覚えた。こういう時、いつもうるさく騒ぐはずのゼロや妖精たちは、一体どこへ行ったのだろう? そもそもここはどこなのだ。後ろに流れていく景色を横目で見る。彼は巨大な建造物の中にいた。装飾はロックビルの神殿とよく似ている。 ただし、空は正しく頭上にあった。ゼロが血に染まったしるしを光の矢で射貫いたことで、天地が反転したのではなかったのか。 デクナッツは体の軽さを生かしてぴょんぴょんジャンプし、手際よく足場を渡って行った。リンクも本気を出して走らなくてはならなくなった。なるほど、執事が息子との競争を懐かしむのも道理だ。 (まあ、いい。デクナッツの出現が、神殿に仕掛けられた罠だとしても……真正面から突破するまでだ) 空から襲いかかるドラゴンフライを剣で薙ぎ、本物のボムチュウの体当たりを盾で防ぎ――ミラーシールドをゼロから借りたままだった――リンクはデクナッツの後を追った。 案外、あっさりと追いついてしまった。太陽マークの付いた、おかしなブロックが道を塞いでいたのだ。デクナッツはその前で戸惑ったように立ち往生している。 「これは……もしかして」 リンクはこのブロックをよく知っていた。光を利用した魔法の仕掛けだ。迷わず太陽光をミラーシールドで反射させ、ブロックに当てた。ブロックは青い光を放って消失する。 『……』 再び開けた道に向かって、デクナッツが走り出しそうになる。リンクは手を伸ばしてデクナッツの腕を取り、引き止めた。 「おい、お前」 怯えたようにデクナッツが振り返る。俺の顔はそんなに怖いのか、とリンクは内心憮然とした。 「せっかくだから、一緒に行かないか」 と提案してから、自分でも驚いた。「旅は道連れ」だなんて、まるでゼロの考えるようなことだ。いつしかあの青年に、ここまで影響を受けていたとは。 デクナッツは、おそるおそるこちらを見上げた。リンクも冬の空のような瞳で見返す。 すると、チビ助のデクナッツはかすかに――だが、しっかりと頷いた。 * 「あ、も、もしかしてあなたは――ミカウ!?」 ロックビルの神殿入り口にて。ゼロは失礼にも、目の前に現れたゾーラの青年に人差し指を突きつけていた。 何度もダル・ブルーのポスターで確認した顔だ。それに、彼はリンクがゾーラの仮面で変身した姿にそっくりだった。 『サインは受け付けてないぜ、何せ死んでるんだから』 ミカウは冗談を飛ばしながら笑った。「死んでる」と自称しているとはいえ、体の向こう側が透けているわけでもない。確かに魂となったはずのミカウが、この場に存在していた。 『オラには無反応ゴロ?』 その隣で、ゴロンの偉丈夫が切なそうな顔をした。 「えっと、あなたは――」 『ダルマーニ三世ゴロ』 「はあ、ダルマーニさん。……というか何が起こったんですか、もう一人の協力って、え?」 大混乱しているゼロの後頭部を、白い妖精チャットがごつんとぶった。 『こら、アンタが喋ったら余計ややこしくなるでしょ! こういう時はアリスの出番よ』 「そうだった。アリス、よろしく」 相棒に任せきりの態度はどうかと思われたが、生真面目なアリスはすんなり頷いた。 『分かりました。話を整理する前に、リンクさんを安全な場所に移動させましょう』 「そ、そうだね」 ゼロは神殿に入った途端に意識を飛ばしてしまった少年を、ひとまず床に寝かせた。幸い、リンクは穏やかな顔で寝息を立てている。 背丈も種族も様々な者たちが見守る中、アリスは輪の中心に浮かんだ。 『イカーナ王は、ここを難攻不落の場所と言ってましたね』 「うん」 『つまり、こういうことだったのでしょう。生者の魂は、この神殿には入れないのです』 「――!」 ゼロは目を見開き、胸元をぎゅっと掴んだ。 『妖精も、どちらかというと魂に近いものね。ダルマーニ三世もミカウも霊魂だし、ここに存在できるってことかしら』 チャットが相槌を打つと、ダルマーニは、 『その妖精の言うとおりだゴロ。オラたち、いやしの歌で魂が仮面に昇華したゴロ――でも今はこうして動けてるゴロ』 『その代わり、リンクは普通の人間だから、この神殿にはいられないようだな』 ミカウが腕組みした。その台詞を聞いて、ゼロはふうっと暗い思考に沈みそうになる。 (それじゃあオレは、リンクよりも妖精や仮面の方に近いのか) ポウマスターの門前払いを改めて思い出す。あれは、ゼロの正体が鬼神であったからだけではなくて―― 『ロックビルの神殿には、表と裏の顔があると聞いたことがあります。もしかしたら、リンクさんは反対側の神殿にいるのではないでしょうか』 「表と裏? 反対側?」 『もしかして、ゼロが天地をひっくり返したことと関係があるんじゃないの』 チャットの発言に、ゼロははっとする。「その通り」と言わんばかりにアリスが首肯した。 『天地が反転したので、今は裏ということになりますね』 「リンクがいるのは表なんだね! すぐに行かないとっ」 『こら、焦らないの。どうやって行き来すればいいかなんて、わからないでしょっ』 チャットの指摘ももっともだ。だが、ゼロはリンクが意識を失っていると、平静でいられない傾向にある。 ダルマーニもそれを見かねたのか、なだめるように説明した。 『どちらかというと、リンクがこっちに来る必要があるゴロ』 『そのためには、もう一人の仲間の助けが必要なんだ』 ミカウは地面に転がったデクナッツの仮面を拾い上げる。 「それは?」 ゼロは、その仮面に見覚えがあった。今回の三日間が始まる直前に見た夢の中で、リンクがお面屋から渡されたものだ。 『デクナッツの仮面よ。アタシと弟、それにスタルキッドがイタズラして、アイツに被せたの。そっか、あの仮面にもゴロンやゾーラと同じように、魂があったのね……』 やっぱり、とチャットは一人で納得していた。ゼロは顎に手をやる。 「よく分からないけど、リンクがこっちに来られるかどうかは、そのデクナッツとリンク次第なんだね」 『そうゴロ』 『オレたちはその間にできるだけ進んでおこうぜ』 「でも、リンクを危ない目に合わせるのは――」 意識を失った彼を守りながらの神殿攻略は、なかなか骨が折れる作業だと予想できた。 戸惑うゼロに向かって、ミカウはにやりとした。 『そこは、オレたちがなんとかする!』 頼もしい二人の味方が現れた瞬間だった。 ――こうしてゼロたちは、リンクとは打って変わって、大所帯でロックビルの神殿を行進することになる。 「あっ」とゼロが声を上げた。「あの宝箱から、はぐれ妖精の気配がする」 彼が指さす先には水が張られており、さらに向こうの足場には宝箱があった。大妖精のお面の力を受け継いだゼロは、ロックビルの神殿でもしっかりアンテナを立てていたため、はぐれ妖精の気配は敏感に察知していた。 「でも……オレ、あそこまで泳げないよなあ」 ゼロは現在、気絶したリンクを背負っている状態だ。困ったように彼が妖精たちと目線を合わせると、後ろから声がした。 『ここはオレに任せろ!』 脇から飛び出したのはミカウだった。素晴らしいフォームで水に飛び込むと、水の抵抗を感じさせないほど滑らかに泳いでいく。次の瞬間には、水面からぴょんとジャンプして岸に上がり、宝箱を蹴り開ける。流れるような動作だった。 中から飛び出した妖精珠を、ゼロは無事に回収した。ミカウに向かって頭を下げる。 「あ、ありがとうございます」 『このくらい大したことないぜ』 ミカウは自慢のヒレをなびかせた。 妖精珠はしばらくまとわりつくようにゼロの周りを飛んでいたが、ふうっと消えてしまった。 「あれっ」 『大妖精のお面の効果ではないでしょうか。はぐれ妖精が、異空間に避難したんですよ』 「それは、すごいね……」 自分が手にしたお面の力を、ほとんど使いこなせていないゼロだった。 また、ある時は。 『ちょっと、どうするの。スイッチがマグマの向こうにあるわよ』 チャットが悲鳴を上げた。 ロックビルの神殿はなかなかの難所で、目の前では何の脈絡もなく煮えたぎるマグマが道を分断していた。おまけに、マグマの先にはアモスという石像の魔物が何体もいて、スイッチを取り囲んでいる。 『ここはオラの出番ゴロね』 今度はダルマーニ三世が足を踏み出した。岩の体を持つゴロン族の彼は、素足でも平気でマグマを渡っていく。ついでに襲い掛かってきたアモスに強力なパンチをたたき込み、蹴散らしてくれた。 彼が悠々とスイッチを踏めば、ちょうどゼロの手元に、澄んだ金属音とともに何かが落ちてくる。 「あ、カギだ」 ゼロは小さなカギを入手した。 ――とまあこの調子で、もはやこの神殿攻略は、仮面の二人なしでは成り立たないほどだった。 「二人とも、すごく頼もしいよ!」 ゼロは感動のまなざしでゴロンとゾーラを見比べる。二人は自慢げに鼻から息を吹いた。 『あったり前ゴロ。オラはゴロンの勇者ゴロ』 『オレだってゾーラの勇者の末裔だぜ!』 ゼロは首をかしげた。 「勇者って……刻の勇者とはまた別なの?」 『ゴロンの勇者、ゾーラの勇者というのはおそらく、刻の勇者のお供をした人たちのことですね』 アリスが説明した。 『かつて月が太陽を隠してしまった時、刻の勇者はお供を引き連れて、月と戦ったと聞いています』 「そっか、刻の勇者は一人じゃなかったんだね」 そこで、ゼロははたと思い当たる。彼にとって最も身近な勇者であるリンクは、たった一人きりで七年の旅を成し遂げたのだろうか。――協力してくれる人は、いなかったのだろうか。 『何ボケっとしてるんだ、行くぞー』 『ゴロ!』 前を行く亡霊二人に急かされ、ゼロは慌てて走った。ロックビルの神殿において、ほとんど彼の出番はなかった。時折光の矢で援護するくらいだ。それよりも、ゼロは背中で寝ている少年を気にかける。 「リンク、早く目を覚ませばいいんだけど……」 『そのためにも、オレたちが出来るだけ進んでおくんだろ?』 ミカウは、俯くゼロの肩にぽんと手をのせた。 「そうだね……」 背中から伝わるあたたかさと、子供一人分の重み。自分が鬼神であると知ってしまった彼は、「こんな子が勇者として戦っていたのか」と、どうしても考えてしまうのだ。 『ほらほら、立ち止まってる暇はないわよっ』 ついには白い妖精にまで催促されてしまった。顔を上げると、ダルマーニたちが新たな扉を開いている。 その先に見える次の部屋は、妙に暗かった。暗闇に、亡霊たちと妖精の小さな光が呑み込まれていく。 何故だか嫌な予感がした。 「ま、待ってみんな」 ゼロは、リンクをしっかりと抱え直し、次の部屋に突入する。 視界が真っ暗闇に塗りつぶされた。 ←*|#→ (114/132) ←戻る |