* ロックビルはその名の通り、石の山だ。身の丈よりも大きな岩がゴロゴロしている。足場は悪く、登るのも一苦労だった。神殿はこの上にあるらしいが。 こんな時、リンクのフックショットがあれば……と思ってしまった。ゼロは慌ててその考えを振り払った。 それでも我慢して登ると、やがて神殿と思しき、飾りのついた建物が見えた。 入り口に一番近い足場にたどり着く。不意に殺気を感じた。ゼロは飛び退いた。 きん、と鋭い音がした。先ほどまで立っていた場所が、曲刀の斬撃を受けてえぐれた。 「ほう――また来たのか。一度は我々に敗れたお前が」 そこに、紫の衣をまとった魔物がいた。どことなく、頭部がゴーマン兄弟の覆面に似ている。 ゼロは無言で金色の剣を抜いた。こいつも「自分」を知っているのか。緋色の目が、鋭い光を放った。 「我が名はボス・ガロ。覚悟してもらおうか!」 敵は二刀流で襲いかかってきた。 数度切り結んで、ゼロは今までと自分の動きが全く違うことに気づいた。ただの無機物であるはずの剣が、まるで腕の延長のようにたやすく扱える。以前の自分なら確実に苦戦していた相手にも、ゼロはなんなく勝利することができた。 ボス・ガロはよろよろと膝をついた。 「この私がやられるとは。テキながら、見事であった。最後に我が言葉、心して聞け」 ゼロは黙っている。敵の言葉より、風で揺れる前髪の方が気になった。ボス・ガロは、ただの障害物としか思えなかった。 「聖なる黄金の輝きを放つモノは、血にそまった邪悪な赤いしるしを射ぬき――天に大地が、地に月が生まれる衝撃をあたえるであろう」 ボス・ガロはそこで、ぴかぴか光る矢を取り出した。おそらく、谷の大妖精から奪った光の矢だろう。ゼロはそれを奪い取った。 「我が言葉忘れるでないぞ……。 死してシカバネ残すまじ、それが我がガロたちのおきて」 ボス・ガロは爆散した。ゼロは軽く跳んで避ける。 ――と、背後で軽い音がした。誰かが近くに降り立ったらしい。 靴音で分かる。リンクだ! ゼロは叫び出したい心を抑えて、振り返る。 「……」 新緑の衣をまとった少年がいた。青い瞳で、まっすぐにこちらを見つめている。 ゼロは唇を噛むと、苦々しい声を絞り出した。 「――リンク。悪いけど、ここから先はオレ一人で行かせてもらう」 そしてリンクに背を向けた。立ち止まりかける足を無理矢理動かして、神殿へ進もうとする。 「理由を説明してもらおうか」 静かな声が心を打った。リンク……怒っているのだろうか。 どうしても、彼を突き放すことができなかった。ゼロはうつむいたまま答える。 「だって、これはオレの問題だから。全部オレがやらなくちゃいけなかったのに……オレは、きみたちを巻き込んでいたんだ」 「お前、自分の正体が分かったんだな」 断定されてしまった。その通りだった。イカーナ王に告げられた言葉が、脳裏に蘇る。 「そう、だよ。オレは……ゼロじゃない」 妖精たちが息を呑んだ気配がする。 ゼロは唇を開いた。決定的な真実を告げるために。 「オレの本当の名前は、鬼神。イカーナ王国を敵国から守るために呼ばれた、守護神なんだ」 あたりは静まり返った。 こうしている間も、刻一刻と月が近づいているというのに――この静けさはなんだろう。 ゼロはひとつ息を吐くと、ロックビルの神殿へ向けて歩き出した。 その足元に、何かが投げつけられた。包帯を巻いたお面だ。 「で、それがどうしたんだ? お前の正体が分かったことと、お前が一人で神殿に行くことと――一体どういう関係があるんだよ」 リンクの冷たい台詞に、ゼロはかっとなって反論した。 「オレは、イカーナの将軍だったんだ! 王様からそう言われたんだから、間違いない。オレには国を守るっていう使命があった、なのにオレはそれを果たせず、記憶を失って、挙げ句の果てに王国は滅んでしまった……。みんな幽霊になってしまったんだ。 せめて、生きてるオレが、みんなの代わりに責任を取らないといけないんだよ」 リンクは黙って目をすがめた。ゼロは喉にこみ上げるものを無視して、続ける。 「リンクなんて、もともとタルミナとは全然関係ないのに、三つも神殿を攻略してくれた……。これは、オレの授かった使命なんだ。きみに任せることはできない」 『ゼロさん』 アリスが苦しげに呟く。今のゼロは、あまりに辛そうで見ていられなかった。 リンクはため息をついた。 「記憶を失う前の自分は、使命を持っていた。だからお前もそれを引き継がなくちゃならない――そう考えているのか」 「そ、そうだよ」 リンクはつかつかとゼロに歩み寄ると、下から鋭い視線を突き刺した。ゼロも負けじと睨み返す。赤と青の目が真っ向からかち合った。 「……座れ」 「へ?」 「いいから、座れ。話をしよう」 ゼロはぶんぶん頭を振る。 「嫌だ。もう二日目だよ、時間がないんだ。早く神殿を攻略しないと!」 「時のオカリナを持っているのは俺だ」 ゼロは愕然とする。リンクは意地悪な笑みを閃かせた。 「お前がいくら急ごうとも、俺の手のひらの上なんだよ。お望みとあらば逆さ歌でも吹こうか」 「そんな――」 リンクは足場に腰掛けた。お前も座れ、と言わんばかりに隣の地面を叩く。 「……」 ゼロは仕方なく腰を下ろした。リンクからわずかに距離を取って。 「少し長い話になる。……いささか脈絡がないが、聞いてくれ。 以前俺がいた国には、ある昔話が伝わっていた」 ゼロは答えず、自分の膝のあたりを見つめている。一体リンクが何を話そうとしているのか……どんなことを伝えようとしているのか、どうしても気になった。背けた目線とは全く逆に、長い耳はしっかり言葉を拾ってしまう。 「昔むかしの、英雄物語だ。もしかしたら、そいつはお前の言う鬼神と、少し似ていたかもしれない。 人々は彼のことを、こう呼んだ。――時の勇者、と」 リンクは静かに語り始めた。 * さて、どこから話すべきか。そうだ、俺の故郷は、ハイラルという国にあった。その外れにある森の中で、俺は生まれた。……偶然にも、時の勇者と同じ場所だ。 そこには子供の姿をした種族だけが暮らす、小さな集落があった。外界との連絡は一切取らない閉鎖的な空間だったが、それでも彼らにとっては楽園だったんだ。 ある時、森の守り神の大木が、死の呪いをかけられてしまった。犯人は森の外から来た男――後に魔王と呼ばれる男だった。 ほんの子供だった勇者は、大木の中に乗り込んで、呪いの根源を絶った。しかし守り神を救うことはできなかった。 死の寸前に、大木は勇者にあるものを託した。精霊石――緑色の綺麗な石だ。それを持って、ハイラルの城にいる姫に会いにいけ、と大木は言った。この遺言があったからこそ、勇者は勇者として歩みはじめることになったんだ。 さて、勇者は何の後ろ盾もない子供だったから、正規の手段で姫と会うことなんてできなかった。彼は城に忍び込み、中庭にいた姫と出会った。彼女――その人も子供だった――は、幸いにも一目見ただけで勇者のことを認めてくれた。予知夢によって彼の訪問を知っていたらしい。 王女もまた、魔王となる男を危険視していた。そいつの企みを阻止するために、あと二つの精霊石を集めて欲しい、と勇者に告げた。三つの石と彼女が持つ特別な楽器がそろえば、ハイラルに伝わるある秘宝が手に入るという。触れた者のいかなる願いも叶えるというそれを、魔王に渡す前に、二人で手にしてしまおうという算段だった。 勇者はそれから旅をして、見事に三つの精霊石を集めた。そして秘宝を手にするために城に向かった時、魔王の追っ手から逃れる姫とすれ違った。以降、彼女は行方をくらませたが……その寸前に、勇者は例の楽器を託された。彼はそれを使って秘宝の前の扉を開くと、がらんとした部屋に唯一あったもの――秘宝と思われる剣を、台座から抜いた。 気がつくと、小さな子供だった勇者は七年分成長し、立派な青年になっていた。剣は秘宝ではなく、ハイラルに伝わるもう一つの至宝だった。勇者は剣を扱うには幼すぎたため、その場に封印されていたらしい。実は、剣を抜くことが、秘宝へ繋がる最後の鍵だったんだ。 七年が経過した時には、全てが遅かった。勇者が眠っている間に、秘宝は魔王に奪われていた。国は滅ぼされ、姫は行方知れずになった。……それでも勇者は諦めなかった。 国のどこかにいるという賢者を五人目覚めさせることができれば、魔王を破ることができる。そう聞いた彼は各地を奔走した。そして賢者を集め……長い戦いの末に、魔王を打ち倒したんだ。 その過程で再会した姫は、失った七年を勇者に返すと言った。時を操る楽器を使い、勇者を平和な時代に戻すことで。 そして、勇者は勇者でなくなった。過去に戻った彼は、秘宝を魔王が手にすることのないよう、また秘宝へつながる扉が二度と開かないよう、楽器を持ってその国を出た。今はどこかの旅の空だろうな。 ……これで、時の勇者の物語はおしまいだ。 この話において大事なことは何か、分かるか。その勇者は、ただ運命や使命に翻弄されていただけなのか、ってことだ。俺はずっと考えていた。それでも彼は選んだんだ、って――どれだけ選択肢が少なかろうが、逃げ出す道がなかったわけじゃない。彼は使命を受け入れる道を、自分の意志でちゃんと選んだんだ。 自分を勇者だと認めた。どんな理不尽な運命にも立ち向かおうと決めた。それは全部、彼自身の判断によるものだった。 ……俺は、そう思っているんだ。 ←*|#→ (112/132) ←戻る |