月と星

1-6.歌姫ルル


 無意識に、というよりは「こうあるべきだ」という感覚だった。

 黄金色に輝く一振りの剣を片手に、ゼロは魔物と女性の間に割って入る。

「アリス、その人をお願い」

 呼吸をすることと同じくらい自然な動作で、剣を敵に対してまっすぐに構える。その間、一瞬たりとも視線を魔物から離さない。
 奇妙な姿のその魔物は、標的が切り替わってもおかまいなしに、再び口を広げて上からゼロを呑み込もうとした。

 だが、その動作はゼロにとってはのろ過ぎた。

「はっ!」

 素早く右にまわりこみ、間髪入れず胴を薙いだ。

「……えっ」

 手応えが鈍い。見た目以上に弾力があったのか、途中で刃がはね返ってきてしまった。
 安全な場所まで女性を誘導し、息をのんで戦闘を見守っていたアリスが、焦りの声をあげる。彼女は青ざめ……否、だんだん光が白っぽくなっていく。

『ぜ、ゼロさん……!』

 剣の反動でたたらを踏んだ。明らかに隙ができていた。
 はっとして見上げると、ゼロの紅茶色の瞳には懲りもせず口を開ける魔物が映った。

『……!』

 一瞬、アリスが真っ白になった。
 ゼロの右手が無意識を越えた速度で動いた。臆することなく迫りくる魔物の内側の暗黒を睨み、剣を両手に持ちかえてそこを思いっきり突いた。

 両者の動きが完全に止まる。
 ゼロの体は半ば魔物にめり込んでしまい、アリスのいる場所からは様子がつかめない。

『……』

 永遠にも思えた時間が、不意に終わった。
 ゼロは身を引き、刃を魔物から引き抜いた。
 その足元で、魔物は糸が切れたように突然、ぐずぐずに溶けた。砂浜には小さなしみだけが残る。

 やっと元の冬空色に戻ったアリスが、肩で息をするゼロのもとに駆けつけた。

『大丈夫でしたか!』
「……き」

 え、とアリスは困惑したように瞬いた。
 その目の前で、ゼロはゆるゆると砂浜に膝をつき、息を吐いた。

「気色悪かったぁ……」





 辺りの安全をしっかり確認した後で、剣を鞘にしまったゼロは、座りこんでいた女性に手を差しのべた。

「怪我はありませんか?」

 彼女は手をとって立ち上がり、頷いた。
 そこで、ゼロは初めて正面からきちんと彼女の顔を見た。あれ、と軽く目を見開く。

「あなたは……?」

 薄水色の肌に、腕からのびるヒレ。手に触れた時のひんやりとした感触。
 間違いない。海に住むヒト、魚から進化したゾーラ族の女性だ。
 アリスがちかり、と思案するように光った。

『ゼロさん、この方……クロックタウンのポスターで見ませんでしたか』

 あのポスターはゼロが真っ先に「海」に行こうと決めた、一番の理由である。タルミナで一番の人気を誇る、メンバー五人が全員ゾーラ族のバンド『ダル・ブルー』のカーニバル公演を告知するものだった。
 そのポスターに出ている女性といえば、ひとりしかいない。

「まさか……『ダル・ブルー』ボーカルの、ルルさん?」

 彼女はうつむいて、小さく頷いた。
 ぱっとゼロの顔が輝く。

「本当ですか! あれ、でも何故ここに? 今は忙しいんじゃ」
『もしかして、大妖精様にご用ですか?』

 ルルは顔を上げ、アリスに何度も首を縦に振った。

「そうなんですか! 丁度オレも用があるんです。安全のためにも、一緒に行きませんか」

 つられて、ルルも少し微笑んだ。
 ゼロはどきっとした。彼女の笑みは、何故か見ている方の胸が痛くなるほど、切なかった。


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