月と星






 パメラの父から剥がれ落ちたお面は、意外にもかなり役に立った。井戸の下にはギブドたちがひしめいていたのだ。調査しようとしたパメラ父が呪われるわけだ。
 お面をつけてギブドと会話し、ついでに彼らの未練を癒して――「我が青春にくいな〜し」を何度聞いたことか――リンクは井戸の下を抜け、イカーナ古城の中庭までやってきた。
 わずかに草が残る庭へ足を踏み入れた途端、四つの影に囲まれた。ガロたちではない。

「何者だ」リンクは鋭く尋ねた。
「我ら、ポウ四姉妹」
「ただいま我が主イゴース・ド・イカーナ様は謁見中です。もうしばらくお待ちください」

 女の声だった。四姉妹と名乗った亡霊達は、紫赤緑青と、色とりどりのドレスを見にまとっている。
 謁見相手と聞いて、思いつくのは一人きり。

「……まさか、ゼロか」

 姉妹は意味ありげに笑った。
 リンクはゆっくりとフェザーソードの柄に手をかけた。

「ならば、なおさら通してもらう。あいつを野放しにしておくと、どんな失態を犯すかわからん」まるで保護者のような言いようだ。
「ご安心ください、あの方とあなたの目的地は同じです。いずれ必ず会えます」

 紫のポウはそう請け負った。どういうことよ、とチャットが呟く。一方アリスは押し黙っている。
 ポウはゼロのことを「あの方」と呼んだ。スタル・キータの発言と合わせても、彼の失われた記憶がイカーナ王国と関係していることは間違いないだろう。

(案外、あいつも幽霊だったりするのか)

 しかし骨だけの兵士や影のないポウたちと比べ、ゼロは五体満足である。
 取り囲むポウをにらみつける。このままでは埒があかない。

「いずれ、じゃ困るんだ」

 リンクはついに抜刀し、無理矢理押し通った。四姉妹は抵抗せず、妖精たちも後に続く。
 まっすぐ謁見の間へと向かう。廊下を抜けた先は、舞踏会でも開けそうなくらい広い空間だった。薄明るい日差しが、高窓から差し込んでいる。
 ゼロの姿は見えなかった。もう出払ってしまったのか。

「暗黒の地イカーナにいまわしき光を持ちこむふとどき者よ……」

 禍々しい声と共に、窓にカーテンが降りる。謁見の間は闇に包まれた。

「お前がみちびく光の前に、わがシモベはなすすべもなくたおれた。
 だが、しかし。シモベの住む暗黒は、しょせんはかりそめのモノ。真の暗黒がどのようなものか、おのれの目で確かめるがいい!」

 玉座には一人の骸骨が鎮座ましましていた。両脇に侍らせた二人の兵士共々、不気味に哄笑する。スタル・キータよりも体躯は小さいが、いずれも油断ならない相手だ。

(……話し合いの余地はなし、か)

 リンクが柄に手をやると同時に、兵士たちは剣と盾を持って襲いかかってきた。二対一だ。少々不利だが、やるしかない。ここにゼロがいれば数の上では互角だったのに――と彼は思った。
 こういう状況では、無理やりにでも相手を分断するに限る。彼はあえて剣を収め、より骨格(体格ではない)のいい兵士に肉薄した。

「むっ」

 懐に潜り込み、当身を食らわせる。これは、相手をふらつかせなくてもいい。攻撃の切っ掛けを作り出すことが重要だ。
 わずかな隙が出来た前門の虎と、同士討ちを恐れて反応が遅れた後門の狼。

「はッ」

 抜刀、構え、斬りおろし。瞬きをする間に繰り出された斬撃は、「居合い」と呼ばれる奥義だった。見事に兵士を二人とも巻き込み、打ち倒す。

『やりました!』アリスは心で拍手を送った。

 取り巻きを負かすと、イカーナ王は玉座から立ち上がり、虚空から武器を取り出した。

「王を直接叩かないと、話を聞いてくれそうにないな」
『待って。あのお面が使えるんじゃない?』

 チャットに指摘され、リンクははたと思い当たる。スタル=キータは王国の兵士だったはずだ。試しに隊長のボウシを被ってみる。すると。

「おお、キータ! キータ隊長ではないか!」

 イカーナ王は驚愕と喜びを、骨の体で同時に表現した。
 うまく騙せたのだろうか。ほっとしたのもつかの間、

「……にしては、ち、ちいせー!」

 王は地団駄を踏んだ。

「うるさい」とリンクは柳眉を跳ね上げ、腹の底から返事をする。
「私としたことが、もう少しでダマされるところであった……」

 王はお返しとばかりに距離を詰め、リンクに向かって毒霧を吐いてきた。少年は剣を一振りしてガスを払う。
 数合打ち合い、リンクは飛び離れた。下っ端たちとは段違いの腕前だ。間合いの取り方をみればわかる。

(一旦様子を見るか)居合いなんて無茶をせず、慎重に戦うことにする。
 イカーナ王の頭が、ふうっと胴体から離れて宙を飛んだ。気の小さい乙女なら卒倒しかねない光景だが、リンクはわずかに眉をひそめ、(厄介だな)と思うだけである。
 骸骨の頭は存外に素早く、右へ左へと自在に薄闇を動き回る。彼ほどの戦士が、完全に動きに翻弄された。

「しまったっ」

 頭が少年の左腕に噛みついた。リンクがもがいていると、きらめく白刃を引っさげた胴体が走ってくる。

(斬られる――!)
 その時だった。どこからともなく飛んできた火矢が、カーテンを燃やす。謁見の間はにわかに明るくなった。

「なぬ!?」

 王はうろたえ、動きを止める。リンクはその隙に拘束から抜け出した。
 次いで、彼は手元に飛び込んできたものをキャッチした。鏡のような表面をもつそれは、海賊ゲルドからもらったミラーシールドだ。

『ゼロさん……?』

 アリスが息をのむ。どこかに彼の存在を感じたのだろう。それは、リンクも同じだった。炎の矢ならばカーテンを燃やすことなど造作もない。
 リンクは身を強ばらせているイカーナ王に、ミラーシールドで反射した光を当てた。

「うおお!」

 体が蒸発して行く。呪われた身に清浄な光は毒なのだ。
 戦場が静かになる。白い光の中で、リンクは目を凝らした。
 倒したはずの兵士たちが、頭蓋骨だけの姿で復活していた。こちらに向かってくるかと思いきや、彼らは勝手に言い争いを始めた。

「ジャマだどいてろ! また、やられるだろ!」
「ジャ、ジャマ〜? やられたのはお前がヘボだからだ。オレのせいにするな!」

 どうやら頭だけでリンクの相手をするつもりらしい。そんな敵、素手でも勝てる自信がある。リンクは息を吐いて、剣を鞘に収めた。
 兵士たちは、彼の舐めきった態度にすら気づかず、口喧嘩に夢中になっている。

「なにっ! もういっぺん言ってみろ!」
「ヘボ。ヘボヘボヘボヘボヘボ、ヘボヘボヘボヘボヘボ」

 片方の骸骨(太めの骨だ)は耐えきれず、

「もう、言うなー!」

 もはや漫才だ。チャットなどは失笑していた。

「ク〜! イカーナ王国いちの剣の使い手といわれた、このオレにむかって――」
「イカーナ王国いちの剣の使い手? オマエが?」

 と、細い方の兵士が挑発する。太い骸骨は怒気をみなぎらせ、

「……抜け!」
「へっ?」
「剣を抜けと言ってるんだ!」

 細身の兵士はあざ笑った。

「……。どうやって?」
「ムゥ〜ッ!」

 リンクが肩の力を抜いて、馬鹿げた争いを眺めていると、同じく首だけになった王が現れ、大声を上げた。

「よさぬか! このバカモノ」

 たしなめられ、兵士たちはびくっとする。

「お前たちはまだわからんのか! 王国が滅びて、われらがこんな姿になってしまったのは――このような小さい争いのつみかさねが原因だったではないか」

 威厳に満ちた言葉だった。どうやら正気に戻ってくれたらしい。部下たちは恐れいった様子で、消えてしまった。王はリンクに向き直った。

「仲間を信じそれに応え、失敗を許す……そんなキモチがわれわれの心から消えたのは、何者かによってあのロックビルの扉が開けはなたれた時からだ」

 どう考えても、ムジュラの仮面とスタルキッドの仕業だ。だが、何百年も前に王国は滅びている。スタルキッドが悪行に走り出したのは、せいぜい一ヶ月前ではないのだろうか? リンクの頭には疑問が浮かんでいた。

「闇に光をもたらす者よ。私はイカーナ王国の王――イゴース・ド・イカーナ。お前のもたらした光によって、われわれにかけられた呪縛はとけた。
 この地に真の光を取り戻すには、暗黒の風がふきだすロックビルの扉を封印しなければならぬのだ」
「その任、俺が引き受けよう」

 リンクは胸に手を当てた。元よりそのつもりだった。イカーナ王は、重々しく頷く。

「ありがたい。だが、ロックビルはわが国の数百の兵をして落とせなかった、難攻不落の場所。一人でいどむにはムボウすぎる。
 そこでだ。お前に神殿の闇にまどわされぬ心を持たぬ兵をさずけよう」

 心を持たぬ兵? リンクたちが首をかしげていると、イカーナ王は唐突に歌いはじめた。

『ぬけがらのエレジー、ですね』

 アリスが呟く。嵐の歌と同じように、特別な力を持つ歌のようだ。オカリナで復唱してみると、後ろに何やら気配を感じる。振り返ったリンクは驚愕した。

「これは……!?」

 半透明の自分がオカリナを吹いている。まるで幽霊のような姿が、そっくりそのまま残っていた。

「心を持たぬ兵。すなわち、自らのぬけがらを生み出すことのできる力だ」
『ぬけがらって?』チャットが質問する。
『要するに、魂を写し取って、今の自分の姿を残すんです。仮面をかぶったままで吹けば、こめられた魂に対応したぬけがらを作り出せるでしょう』

 アリスが詳しく説明してくれた。
 驚愕から立ち直ったリンクは、

「助かる。必ず、ロックビルを攻略してみせよう」

 王に頭を下げた。実に堂に行った仕草だった。

「ところで……俺の前に、ここに来た奴がいなかったか。イカーナ中捜してもいなかったんだ」

 イカーナ王であれば、ゼロの行方を知っているのでは、と考えたのだが。

「む? すまぬ、呪われていた時のことは、あまり記憶が無いのだ。だが、王国にいないということは、ロックビルに向かったのではないか」
「そうだと、いいんだがな」

 リンクはわずかに眉を曇らせる。

「ロックビルのこと、頼んだぞ。わが王国に真の光を……」

 イゴース・ド・イカーナは満足そうにひとりごちて、光に溶けて消えた。





 ロックビルとはその名の通り、渓谷に四角い石がうず高く積み上がった場所だった。かつては石切り場だったのだろうか。あちこちにボコボコ穴が空いている。
 暗黒の風が吹き出す扉は、きっと神殿の入り口のことだ。フックショットを駆使して、ひたすらロックビルを上っていく。そのうち、上から剣戟の音が聞こえてきた。
 リンクはあたりを見回したが、直接渡れる足場はなかった。ひとまず迂回して上ると、高台から戦場を見下ろす形になる。

『あれは――』

 ゼロだ。両手を使って金色の剣を振るい、不安定な足場をものともせず立ち回っている。もちろん、ミラーシールドは身につけていない。
 相手はガロらしい。しかしリンクが倒してきた忍者よりも体が大きく、顔につけた仮面は数段立派だった。

『ボス・ガロっていうところね』

 ガロたちの長が操る危険に満ちた二刀流を、青年は軽々とさばいていく。剣がこすれ合う度、火花が散った。

『白熱した戦いですね』

 感心しきりのアリスの隣で、リンクはその戦いぶりを評して言った。

「まあまあだな。全盛期の俺には劣るが」
『……』『……』

 アリスが、次にチャットがそれぞれ異なる意味を含んだ視線を向けた。
 三人が見物しているうちに、ゼロは勝負に出た。無言の気合いと共に、突きの姿勢になる。二つの影が重なり合った。次の瞬間、ボス・ガロは腹のあたりを深く刺され、膝をついていた。

「この私がやられるとは。テキながら、見事であった。最後に我が言葉、心して聞け」

 ゼロは黙っている。ここからだと表情が見えない。さらには不自然な沈黙……なんだか、彼らしくないふるまいだった。

「聖なる黄金の輝きを放つモノは、血にそまった邪悪な赤いしるしを射ぬき――天に大地が、地に月が生まれる衝撃をあたえるであろう」

 重大な内容を持つはずの台詞にも、青年は反応を示さない。

「我が言葉忘れるでないぞ……。
 死してシカバネ残すまじ、それが我がガロたちのおきて」

 ボス・ガロはおきてに従い、自爆した。

「行くぞ」足場めがけて飛び降りるリンクに、チャットが続く。アリスも少し遅れて後を追った。

「……」

 三人と再会したのに、ゼロは驚きもせず、また喜ぶこともなかった。声もなくこちらを見る彼と、リンクは対峙する。嫌な沈黙が舞い降りた。
 先に口を開いたのはゼロだった。

「――リンク。悪いけど、ここから先はオレ一人で行かせてもらう」

 読めない表情を浮かべ、ゼロは背を向けた。ほんの短い間、視線が交差する。リンクは彼の赤い瞳に、わずかな苦悩を見いだしていた。
 一度交わった二つの道は、再び分かたれようとしていた。


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