* リンクはチャットとアリスを引き連れ、ポウマスターに指図された通りイカーナの墓地にやってきた。すでに夕刻にさしかかっている。グエーの黒々とした影が、遠くの空を横切るのが見えた。 『やーなところねえ』 チャットはぶるっと体を震わせた。妖精は邪気や瘴気に弱い種族だ。嫌な雰囲気は、ヒトよりよほど敏感に察知する。 緩やかな丘の上にぽつりぽつりとたたずむ墓には、何者かによる定期的な手入れの痕跡があった。荒れ放題の谷間と違い、文明のにおいがする。 彼らが道なりに歩いていると、向こうからスコップを持った猫背の男性がやってきた。墓守らしい。見た目はただの子供でしかないリンクの姿を認めて、びっくりしたようだ。 「オラ、この墓地を守っている墓守のダンペイだ〜。顔はコワイけど、悪人じゃねえゾ!」 墓守は自己紹介し、思いっきり顔をしかめて見せた。亡霊よりよほど迫力がある顔面だ。おそらくリンクを怖がらせようとしているのだろうが、少年の剛胆な神経には傷一つつけられなかった。 彼は無表情そのもので問い返す。 「ここは、王国の墓地だと聞いたのだが」 「ああ。ここにある墓はみ〜んな、山むこうのイカーナ城の王さんの家の墓ダ。今でも夜になると、ユーレイが出るおっかねえ〜墓なんだゾ」 つまり、さまよえる魂がうようよいるということだ。ポウマスターが何を目論んでリンクをよこしたのかは不明だが、イカーナ地方を救うためのヒントは見つけられそうである。 人里がなく明かりの乏しいこの地方。少しでも早く先に進まないと、日が落ちて身動きが取れなくなってしまう。それに「後から必ず向かう」と約束したのだ。ゼロが一人でいいと断言したとはいえ、あまり長い間彼を放っておく訳にはいかない。 「この墓の奥にある、でっけぇ〜ガイコツみたダか? あれは、この墓を守っていた王家の兵隊のなれのはてだって、オラのオヤジが言ってたダ。 死んじまった今でも、ああやって道をとおせんぼして、王家の宝を守っているとこみると、きっとりっぱな兵隊だったんだろうな……」 王家の宝、という単語に反応するリンクを見咎め、 「あっ。だ、ダメだぞ! 墓守の名にかけて、伝説の王家の宝だけは」 「誰が盗掘なんかするか」 墓守の男はいささか過剰にほっとしていた。リンクたちはダンペイと別れ、さらに墓地の奥へと進む。 『お宝の話、気になるわね』チャットは興味津々だった。 「そうだな」 台詞に反してリンクはあまり乗り気ではなさそうだ。 (王家の財宝やら伝説の聖剣には、なじみがあるからな) ふところにしまったオカリナを触る。 だんだん墓がまばらになると、やがて古代の石壁に突き当たった。墓守の言葉通り、行き止まりには大きな骸骨が横たわっている。何百年という月日が流れたにもかかわらず、風化はほとんど進んでいない。それなりの地位にあったのだろう、立派な装飾品を身につけていた。 「我が魂を目覚めさせる者。我と戦い、燃えさかる炎を消したもう」 傍らにはこう刻まれていた。あたりを観察すれば、石壁の上に大きな炎が燃えている。『あれは魔法でつくりだした炎ですね』とアリスが分析した。 「魂を目覚めさせる者……」 『目覚めの歌があるじゃない!』 チャットのひらめきに従い、リンクはオカリナを奏でる。 変化は特になしか、と骸骨に触れかけたとき、それは起こった。 骨の表面に生気が蘇り、ただの穴だった眼窩に光が宿る。オブジェと化していた白骨がひとりでに動き出すのを感じて、とっさにリンクは飛びすさった。 「……!」 バラバラだった骨はあるべき場所におさまり、立派な骨格標本ができあがる。少年の五倍はある大きな体だ。 気がつけば退路には魔力の炎が立ち上っていた。背中を強く炙られて、額に汗が浮かぶ。 両者が対峙したのも束の間、骸骨は突然Uターンして逃げ始めた。 「ちっ」 急いで追いかけようとするが、地面からわき出てきた小さな骸骨――スタルベビーたちが次々と立ちふさがる。 「邪魔だっ」リンクはフェザーソードで横薙ぎにした。 先を行く骸骨兵士を睨む。弓矢を持っていれば楽に足止めできたのだが。遠距離攻撃はゼロに任せていたことが、今回はあだとなった。 しかし、彼は彼で新たな武器を仕入れてきたのだ。スタルベビーの群れを一掃すると、しゃがみ込んでそれをセットした。 『早く追いかけないと、また雑魚が出てくるわよ!』 リンクはすぐに立ち上がり、「まあ、見ていろ」あごをしゃくった。 セットしたバクダンは一直線に走り出す。 自走式のバクダン「ボムチュウ」だ。魔物である「本物のボムチュウ」がモチーフなのだが、可愛らしいデザインでゲームにも使われることから人気になり、バクダンの方がよほど有名になってしまった。魔物のボムチュウにとってはさぞ不名誉なことだろう。 一つではたいしたことの無い火薬の量だが、行く手を阻むには十分だ。ボムチュウは見事、敵の足下で爆発した。 「何!?」 初めて骸骨が声を上げた。爆風が巻き上げた粉塵がもうもうと立ちこめる中、リンクはジャンプ斬りで突っ込む。否、十分に力を溜め体のひねりを加えた、「大ジャンプ斬り」とでも呼ぶべき技だった。手応えがじいんと腕に伝わり、骨の一部が砕けて飛んだ。 こういったタイプの魔物は、心臓ではなく魔法の力によって活動しているため、仕留めるには原型がなくなるまで体を破壊するしかない。そのままリンクが剣を振るおうとしたときだった。 「待て、私の負けだ! 武器をしまわれよ……」 降参するように、骸骨が右手を挙げる。少年は柄を強く握ったまま何度か呼吸してから、慎重に刀身を鞘におさめた。 「こちらに来ていただけるか」骸骨は無防備に背中を晒し、移動した。 戦闘の開始地点にあった石壁に上ると、やっと相手と目線が合う高さになる。骸骨兵士は炎に背を向け、語り始めた。 「私は丘の上のイカーナ王国でイカーナ軍を指揮していた、スタル・キータと申す者。 王国で起きた戦いに敗れ屍となってからも、我が魂を呼び起こしてくれる者が訪れるのを、ここで待ち続けていた」 戦乱で滅びた王国に、死してなお縛られている亡霊たち。ポウマスターは彼のような者を癒して欲しかったのかもしれない。 「私を呼び起こし、見事うち倒した若き剣士よ。そなたの力を見込んで頼みがある」 スタル・キータはちらりと後ろを振り返った。 「燃えさかる炎の中にある我が魂を手にし、死してなお私への忠誠をつらぬき通す我が部下たちに、私の言葉を伝えて欲しい。 ……もう、戦いは終わったのだと」 亡き王国の隊長は目を伏せた――リンクにはそう思えた。まぶたはなくても、確かに瞳を閉じたのだ。 「これで、私は安らかな眠りにつくことができる……」 スタル・キータの体から魂が失われていく。リンクは旅立ちを見送る前に、質問を投げかけた。 「少し、いいか。お前はゼロという男のことを知らないか」 「ゼロ? そのような者はイカーナにはいなかったぞ」 『あのお名前はゼロさんが自分でつけたんですよ。銀髪で瞳が赤い、目立つ容貌をされている方なのですが』 「ああ、それならまさしくいらっしゃった。あの方は――」 伝える途中で、骸骨は苦しそうに身をよじった。骨の体に吹き込まれた命の灯火は、もうほとんど残っていない。 「すまない。時間が来たようだ」 せっかく掴みかけた手がかりだが、諦めるしかない。この調子なら他のイカーナの亡霊たちからも何か聞き出せるだろう。 リンクに向き直り、敬礼するスタル・キータ。 「隊長どの! しばらく休暇をいただいてもよろしいでしょうか?」 深い沈黙が流れる。チャットが、アリスがリンクを見た。 妖精たちやゼロにとっての「隊長」は足を揃え、きっちりと敬礼を返す。 「イエッサー!」 その瞬間、スタル・キータの肉体から魂が消失した。骨は何百年もの時を一気に経過させたように細切れになり、すぐ砂と化す。いやしの歌の必要も無く、彼は自力で成仏したのだ。 兵士の命が失われると同時に魔法の炎は消え、中からは宝箱が現れた。あれが王家の宝だろう。 石壁の上を伝ってさっそく中身を確認すれば、スタル・キータの面影をそこはかとなく残したボウシが入っていた。さしずめ、隊長のボウシといったところだろう。 リンクはいつもの帽子をとって、代わりにイカーナ軍の隊長である証を身につけた。 「部下たちにも、休暇を知らせないとな」 * 時は少しさかのぼって、リンクたちが北の墓場へと歩を進めてからすぐのこと。 ゼロはいよいよ、イカーナ王国の跡地に向かおうとしていた。 「それじゃ、イカーナのことは頼んだぞ」 「えっ」 ポウマスターは地に根が生えたように座り込んでいる。てっきり案内してもらえると思い込んでいたゼロは、わかりやすく動転した。 「そんな顔しなさんな。お前さんにピッタリの案内人が、いるんだよ」 男はにやりとした。同時に、ゼロの背後に四つの気配が生まれる。 振り返った彼は目を瞠った。足のないすらりとした影たち、そのうちの一人に見覚えがあったのだ。 彼女は確か、白昼夢の中で王妃様と呼ばれていた。あのときと違って、身につけた紫のドレスは透けていたが。 女たちは優雅に礼をした。 「我らポウ四姉妹」「ポウマスター様の命を受け、あなた様をお迎えに上がりました」 唯一彼の記憶に残っていた紫の女は微笑んだ。 「お久しぶりですね、ゼロ様」 ←*|#→ (107/132) ←戻る |