* グレートベイに沈む日は、この世の終わりを感じさせる深い赤だった。その色を見るたび、ゼロは決意を新たにする。太陽が沈めば月の支配する世界がやってくる。どんなに離れた場所にいても、今この瞬間クロックタウンの人々を脅かす存在がある、という事実を忘れることはない。 リンクは黙って綺麗な青色の楽器を取り出した。 「その笛、どうしたの?」 「お前には言っていなかったか。時のオカリナといって、これである曲を吹くと時間を戻せるんだ」 「え」 思わずゼロは小さなオカリナを二度見した。思考が繋がるまで数秒を要する。 「それじゃあ、三日目になると時間が巻き戻るのはリンクの仕業だったの!?」 「ああ。すっかり伝えるのを忘れていた、悪い」 「い、いや、謝らなくても……。びっくりしたから、つい大声出ちゃった」 ゼロは胸に手を当てて呼吸を整えた。 『やはり、リンクさんは時の女神に愛されているのですね』 アリスがそっと囁くと、リンクは微妙に眉をひそめた。 気持ちが落ち着いてきたゼロは、時のオカリナに興味津々だ。 「ね、そのオカリナって時を戻すことしかできないの?」 「一度、時の流れを遅くしたことがある。時の逆さ歌……あれは牧場あたりだったか」 『そうそう、ロマニーとの約束の時間に遅れそうになったのよね〜』チャットがくすくす笑った。 「うるさい。仕方なかったんだ」 牧場でロマニーとの約束が云々というと、オバケ退治の話だろう。思い返せば、ゼロはあのとき妙に時間の経過を遅く感じていた。まさか本当に時針の進みが鈍っていたとは。夢にも思わなかった。 「もしかして、地面が揺れた気がしたのは、その歌を吹いたから……?」 「そうだろうな」 というわけで、ゼロは散々に苦戦を強いられたのだ。結果としてはリンクが間に合ったからこそ、難を逃れられたのだが。 「その気になれば半日ほど時間をすっ飛ばすこともできるらしいが、まあ、その必要は無いだろう」 こともなげに語るリンク。チャットも平然としているあたり、二人の歩んできた非凡すぎる道筋が伺い知れる。 「そろそろ時の歌を吹くぞ。次はイカーナ王国とやらに行くんだろう」 「あ、うん」 リンクは唇に歌口を当てた。改めて感心したゼロが、ふと疑問を投げかける。 「ホントにリンクってすごいよね。昔何かやってたの?」 問われた少年はふっと笑って、誰にも聞こえない声で答えた。 「勇者を少々、な」 ←*|#→ (104/132) ←戻る |