月と星






 翌日、すなわち三日目ともなると、座員達に漂う倦怠感がルミナにも移ってしまった。二日間忙しく立ち回っていた反動で、一時的に燃え尽きてしまったのかもしれない。ゴーマントラックで迎えてくれた座長の兄弟たちにいまいち馴染めないことも、無気力状態に拍車をかけている。

 手に入れたお面をやたらといじくったり、団員手帳に出来事をまとめたりしているうちに、午前中が過ぎてしまった。
 トラックに出て何となく馬たちを観察していると、ミルクロードをひとつの馬車が横切るのが見えた。

(あ……しまった!)

 間違いない、アンジュたち家族がロマニー牧場にやってきたのだ。急いで後を追うが、もう遅い。

 牧場では最悪の対面が行われていた。クリミア・ロマニー姉妹に対してアンジュとその母が向き合っている。祖母は先に母屋へ案内されたらしい。近づいていくと、空気が見えない針になって頬に突き刺さるようだ。

「アンジュ……」ぎこちなくクリミアが笑う。次いでルミナがやってきたのを認め、軽くあごを引いた。

 ひとつ前の繰り返しの時と、全く同じ雰囲気が漂っていた。あのときはルミナが無理矢理二人の間に割り入ってその場を収めたが、もう同じ手は使えない。

「クリミア。カーフェイを知らないかい」

 アンジュの母親は強い調子で言った。ルミナはぎくりとする。彼女は、娘の婚約者が仲の良かった女友達に土壇場でなびいたのではないか、と疑っているらしい。
 クリミアは気丈に対応した。

「いいえ知りません。彼は牧場にはいないわ。アンジュ、信じてくれるでしょう」こういうときの芯の強さは、友人として尊敬に値する。

 だが親友であるアンジュは答えず、ただ目を伏せた。

「もう、アンジュったら! ルミナからも言ってよ」

 話を振られたルミナはぐっと言葉に詰まった。自分の口からカーフェイの不在を保証することはできるが、それでアンジュや母親が納得するかどうか。
 ロマニーが不安そうに姉にしがみつく。クリミアは切羽詰まって叫んだ。

「お願い、ルミナ!」
「あ……えと……」

 アンジュはうつろに、母親は目を三角につり上げて、クリミアは懇願するように、ロマニーは今にも泣きそうな瞳で。みんながルミナを見つめていた。

(どうしよう。どうすればいいんだろう。誰か――リンク、助けて!)

 恥も外聞もかなぐり捨ててこの場から逃げ出したくなったとき、彼方から小さな調べが聞こえてきた。道を見失った彼女へ、救いの手を差し伸べるように。

 ごく単純な旋律は、忘れるはずがない――時を巻き戻すあの歌だ。リンクがどこで吹いていても必ず耳に届く、不思議な歌。

 アンジュとクリミアを仲直りさせたい。カーフェイを見つけたい。座長を元気づけたい。全ての願いを叶えるには、あとどれだけ繰り返せばいいのだろう。

 無慈悲なはずのオカリナの音色が、何故かとても優しいものに思えた。


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