クリミアと別れて、一路ドッグレース場を目指す。ここだ! と思って開けた扉の先は、しかし全くの別世界だった。囲いの中に青空がぽっかり浮かぶ、小さな空間である。 「あれっ」 目を白黒させたルミナは、トゲトゲした髪を所在なげにいじくっている男を発見して、 「おニイさん、ここってドッグレース場じゃありませんよね」 「ああ……ただのコッコ小屋だよ」 見れば、かわいいヒヨコたちが足下をよちよちしていた。これはこれで癒される。 「コッコ小屋っていうのに、ヒヨコばっかりなんですね」おニイさんの頭のトサカが一番立派、という有様だ。 何気ない台詞だったが、胸元に「ナデクロ」と名札をつけた彼は図星を指されたらしく、がっくりうなだれた。 「オレの心残りは、こいつらがコッコになった晴れ姿が、見れねえことかな」 ナデクロは小さな小さな幼子を愛おしそうに見る。 「こんなとき、伝説のイヌのリーダーがいてくれたらなあ……」 「イヌの、リーダー?」 どこかで聞いた話である。 「とある動物楽団で、新人たちをあっという間に一人前にしたって聞いたんだ。ヒヨコも育ててくれたらいいのにな」 ルミナはゴソゴソと荷物を探った。 「これ、ブレー面っていう……そのリーダーがかぶってたお面なんですけど」 ナデクロの瞳が、みるみる輝いていく。 「ありがとよ!」そう言うと、彼は何の躊躇もなくブレー面をかぶった。目を隠す鳥の面に頭のトサカで、かなり奇抜な格好だ。 ピッ! と鋭く指笛を吹けば、ヒヨコがわらわらと集まってくる。それからひな鳥たちは、口笛で軽快なメロディを奏でるナデクロを先頭に、列をつくってコッコ小屋を練り歩いた。ルミナがテンポに合わせて手拍子をする。楽団による伴奏が聞こえてきそうな微笑ましい行進だった。 「あっ!?」 せまい小屋をひとまわりしたところで、一番前を歩いていたヒヨコが突然煙とともにコッコになった。その煙は順番に後ろへと伝播していく。無事にすべての成鳥がそろったところで、行進は終わった。 「す、すごい……」 ひな鳥のぴよぴよ声は消え失せ、すっかりコケコッコの低音が取って代わった。リーダーの力――ひいてはブレー面の効果を思い知る。 ある目的のためにつくられた、不思議な力を持ったお面。もしかすると、ブレー面もそのうちの一つなのかもしれない。 「よくわかんねえけど、みんないっちょまえにトサカなんかつけちまって。これで心残りはねえよ」 ルミナはブレー面を返してもらい、おまけにウサギ耳をくっつけたかぶりものまでもらった。 「ほれ。やるよ、ウサギずきん。野生の力を感じるだろ」 「えーいいんですか! ありがとうございます」 ふるふる揺れるウサギ耳は可愛らしいけれど、ルミナよりもう少し年下の子の方が似合いそうだ。試しにリンクに渡してみようかしら。 「こいつら、みんなオンドリなんだな。へへッ!」 いいことをすると、気持ちがいい。団員手帳に付属のシールを貼ったルミナはご満悦だった。 ←*|#→ (102/132) ←戻る |