月と星

4-5.変化の兆し


「別に、ルミナは何もしなくて構わない。繰り返しに気づかない他の奴らと同じように、お前が行動を起こさなくても、タルミナは救われる」

 この容赦のない長台詞を聞いてから、ルミナはずっと考えていた。時の繰り返しのこと。それに気づく人と気づかない人のこと。気づいた上で、何か行動を起こしている人のことを――。

 あの少年はもしかすると、ルミナを危険から遠ざけるため、あえてあのような発言をしたのかもしれない。だが、彼女には逆効果だった。むくむくと対抗意識が育ち、萎えていたやる気が復活したのだ。
 たとえタルミナを救うという結果に行き着かなくてもいい。大局を見据えるリンクとは違い、市井に身を置く彼女だからこそできることもあるはずだ。

 行動、してみようじゃないか。





 ルミナにとっては、もう五度目となる「一日目」の朝。カーテンを開け放って、顔のある月をちらりと確認し、

「うーん、いつもと全く同じ朝だっ!」

 ルミナはにっこり笑った。

 これまではだらだらベッドの中で過ごしていたが、今日は意識が違うのだ。ぴしっと目を覚ますとすぐに顔を洗い、髪の毛を整え、よそ行きの格好に着替えた。夜更かしの多い(つまり朝に弱い人が多い)ゴーマン一座の中では、ダントツに早い起床だった。
 身支度を終えてすっかり手持ち無沙汰になってしまった彼女は、大部屋から出て階下へ朝食をとりに向かう、が。

(しまった……「一日目」はアンジュのつくった朝食だ)

 クロックタウンに唯一の宿で、看板娘をやっているアンジュ。しかもその宿は元料亭だった――というと、いかにも料理上手そうだけれど、彼女のメシは劇的にマズいのだ。
 味見自体はしっかりするのだが、調理の過程で謎の「省略グセ」が出て、その名の通りレシピを省いてしまう。鍋でスープを煮込んでいたはずが、皿に盛ると炒め物になっていた、というミラクルを起こして伝説になった。ちなみに、アンジュの祖母はボケたフリをしてまで孫の料理を拒否している。

 そもそも台所の掃除が行き届いてなくて、ムシがわき放題なのが悪い、とルミナはぶつぶつ文句を垂れながら階段を下りた。
 食堂でテーブルを拭く看板娘を見かけたので、声をかける。

「おはようアンジュ」
「……ああ、おはようございます」

 ぼんやりとした返答に、ルミナはきょとんとした。違和感を覚えたのだ。俯きがちなアンジュの顔を、斜め下からのぞき込むようにして、

「どうしたの? なんかミョーに顔暗いよ」
「そうかしら……」生返事をすると、アンジュは逃げるように台所へ行ってしまった。

 まあ、婚約者が行方不明ならこうもなるか。ルミナはそう自分自身を納得させた。何度時を繰り返してもついぞ顔を見る事はなかったので、きっとカーフェイは刻のカーニバルまで姿を現さないのだろう。
 朝食はいつぞやに食べたものと、まったく同じ。スプーンでひとくち運んで、すぐに舌が異常を感じとる。

(うわっ、相変わらず強烈なマズさだ)

 盛大に顔をしかめているルミナを発見して、女将がすっとんできた。

「ごめんねえ、今日はあの子が当番だからさ。許しておくれよ」
「だいじょぶです。慣れてますし……」と、苦笑いを返す。
「そうだったね。ルミナちゃんとはもう長い付き合いになるものね」

 女将は遠くを見るような目をした。

「ですねえー」

 まぶたを閉じ、時の繰り返しにはまりこむ前の、過去へと思いをはせる。

 ルミナは幼い頃、遠くの地方から親と一緒にクロックタウンへ旅をしてきた。もちろん、かの有名な刻のカーニバルを見物するためだ。親はたった一度きりの機会だと考えていたようだが、彼女はその一回で祭りの虜になった。

 町の人々がみんなお面をかぶって、その年の収穫を願うお祭り――そう聞いたときは、不思議な風習だなあという感想を抱いただけだった。けれど、タルミナに根付いた四人の巨人の昔話に聞き入り、その名をあまねく大地に轟かせるゾーラバンド「ダル・ブルー」の生演奏に夢中になって。気がつけば彼女は重度のタルミナ・フリークになっていた。

 翌年もまた来られたら、と強く願い、のちに親に期待できないと悟ると、ルミナは東奔西走した。
 あるときは小遣いをためてキャラバンに潜り込み、またあるときは自ら旅行を企画し参加者を募って、毎年のようにカーニバルに訪れた。そうして狭いクロックタウンを何度も駆け回るうちに、年の近いアンジュ・カーフェイ・クリミアらと知り合ったのだ。同時に、ただならぬ三角関係も察することになる。

「懐かしいなあ……」

 大きな転機は、三年前。当時「新生ダル・ブルー」と大々的に宣伝されたライブに参加したときのことだ。ダル・ブルーにとっては、現在のメンバーが初めてそろった舞台でもある。
 あのとき、ギタリストのミカウとボーカルのルルの、幻の演奏と言われるセッションを聞いてしまってから、ルミナの人生は大きく針路を変えた。タルミナへの憧れはついに、自制心を追い抜かしたのだ。

 第二のミカウ目指して自分もギターを志し、練習を始めた。座長がタルミナ出身だというゴーマン一座に飛び込んで、さらに腕を磨いた。


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