月と星






「ルル、話がある。裏の海辺に来てくれないか」

 リハーサル後、ルルはミカウに呼び出された。
 久しぶりにもかかわらず、上々のセッションに仕上がったことに、彼女をはじめとするメンバーは確かな手応えを感じていた。外に出て風が頬をなでても、ルルは興奮冷めやらぬ様子だ。

「やっぱり、歌が歌えるってすばらしいことね。さっきの演奏すごく良かったわよ、ミカウ。でも、ギターの音色が少し違ったわね……いつもよりも感情が篭もってた、というか」

 奏者が楽器にぶつける感情――喜びや悲しみといった魂の叫びが、いつもよりほんの少し強い気がしたのだ。
 そのことを指摘すると、ミカウは驚いたようだ。

「ミュージシャンってのは、耳がいいんだな」
「……?」
「グレートベイの浜辺に、墓がある。ゾーラの英雄であり、伝説のギタリストだった男の墓だ」

 その言葉がもたらす静かな衝撃を計算しつつ、リンクは心の内側に向かって呼びかけた。

(別れの言葉はいらないのか?)

 その気になれば、ダルマーニ三世の時のように、ミカウはリンクの体を借りて直接言葉を伝えることができる。だが、彼は首を横に振った。

『いらないさ。ルルには、音楽で伝えたからな』

 それがダル・ブルー流のコミュニケーションなのだ。
 遠回しに恋人の死を告げられて、目を見開いたルルが最初にしたことと言えば、リンクの手を握ることだ。

「じゃあ、アナタは幽霊なの? さわれるみたいだけど」

 リンクは憮然とする。

「……まあそんなところだな」
「そっか。やっぱり、ミカウは死んだのね。私のタマゴをとりかえすために」

 あっさりとした口調に、どれだけの気持ちと思い出が詰まっているかを悟り、リンクは頭を下げる。

「だましていて悪かった」

 ルルは微笑する。その表情には、種族の壁を越えた美しさがあった。

「いいえ。ステージに立っていたとき、アナタは確かにミカウだったわ。長年連れ添った仲間が保証するんだもの、間違いない」

 ダル・ブルーの誰に聞いても同じことを言うはずだ、とルルは請け負う。

「でも残念ね。この調子だと、カーニバル本番はもっといい演奏ができそうだったのに」

 彼女は表情を隠すように背を向けて、数歩踏み出した。

「本番か。このままでは、タルミナの誰も刻のカーニバルを迎えることはできないだろうな」

 心を刺す乾いた台詞に、虚を突かれたように立ち止まった。

「クロックタウンの噂のことね。そっか、だからミカウは行くのね」

 ルルは海に視線を投げた。

「昨日、この場所でアナタのひいてくれた曲、昔母が私によく歌ってくれた曲だったの。あのタマゴはそれを思い出させるために生まれてきたのね。小さい頃のことだったから忘れちゃってた……」

 沖に見える海洋研究所には、そのタマゴから生まれてきた子供たちがいる。未来の可能性を生かす為に「ミカウ」は進もうとしているのだと、彼女は解釈した。
 振り返ったルルは綺麗にほほえんだ。

「私、ミカウのことを好きになって良かったわ。一生後悔しないから」

 茶目っ気たっぷりにウインクする。彼女がこういう風に笑う女性なのだと、リンクは初めて知った。

「行ってらっしゃい、ミカウ!」





「おかえり、リンク」

 ゾーラホール出口にて、ゼロが妖精たちとともに待機していた。ゾーラ達の目の届かないそこで、リンクはやっと仮面を脱ぐことができた。物言わぬ面はしかし、何かを雄弁に語っているように見える。
 行ってらっしゃいと言い、おかえりと言ってくれる人がいる。それはなかなか幸福なことなのかもしれない。

「……ただいま」

 言葉に出してから、かあっと頬に血が集まるのを感じる。チャットに茶化されるのが嫌で、そっぽを向いた。今までこんな台詞を吐ける場所など、故郷の森しかなかったのに。

「ルルさん、元気になってよかったね」

 ゼロも一部始終を見物していたのだろう。「そうだな」と返事をしてゾーラの仮面をしまうとき、

「これを忘れていた」

 リンクは荷物から四枚のお面を取り出す。

「この中にも、おまえの記憶の手がかりになるものがあるんじゃないか?」

 それはリンクがこれまでの旅で手に入れたものだった。白地に一つ目と涙の模様が刻まれた儀式用の面。ブタの顔を戯画化したような面。前回の三日間で手に入れたカマロのお面。そして、濃いピンクの髪をなびかせた美人の面。

『わあ、リンクさんはたくさんお面を持ってらっしゃるんですね』
『なんでかよく集まってくるのよね。宿敵がムジュラの仮面だからかしら』
「お面屋が一枚かんでいるに違いないな」

 苦い口調である。彼はお面屋に対して、あまりいい感情を抱いていないらしい。

「オレの、記憶……」

 ゼロはこわごわと指を伸ばす。が、ぎりぎり触れそうなところで引っ込めた。

「あのさ、オレが触ったらなくなっちゃうんだよ。大事なものじゃないの?」
「それなりに思い出はある。だが、これが記憶の手がかりだというなら、持ち主に返すべきだろう」

 もっともな論だ。なおもゼロは渋った。

「じゃあ、その思い出を一つずつ説明してくれないかな。……あの白昼夢見るの、勇気がいるんだよ」

 リンクは眉根を寄せ、指さす。順番に、まことのお面、ブーさんのお面、カマロのお面、大妖精のお面。

「大妖精のお面?」
「ああ、町の大妖精に会いに行ったときに、泉で見つけたんだ。残念ながら当人には会えなかったが」
『お面ってことは、これが町の大妖精様の顔かしらね』
『いいえ、違います』

 アリスはいやにきっぱりと否定する。

『知ってるの?』
『あ、ええと。その、大妖精のお面は人間の方が想像でつくったものと聞いています』

 しどろもどろになるアリスに、リンクとチャットはそろって不審そうなまなざしを向ける。
 そんなやりとりが気にならないほど、ゼロは真剣にお面を吟味していた。

「じゃあ……これが最初かな」

 覚悟を決めて、おそるおそる大妖精のお面に触れた。
 暗転。


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