鬼ごっこ


※序章〜一章の間で、ボンバーズ入団試験とリンクの故郷の話


 クロックタウンの平和を守る子ども集団・ボンバーズと、異邦デクナッツ・リンクとの勝負は、後者の圧倒的勝利で終わった。
 リンクが現在目的地としている天文台へ進むには、ボンバーズの入団試験を受ける必要があった。その内容は、タイムリミットまでに町の中から団員五人を見つけてつかまえるというものだ。かくれんぼと鬼ごっこが混ざったような、他愛もない遊びだった。
 リンクは身軽なデクナッツの体を利用し、初めて訪れた町をするする駆け抜けていった。その足取りに迷いがないのは元々方向感覚に優れていることに加えて、勝負がはじまってすぐにマップ売りから地図を入手したことも大きい。彼は隣を飛ぶチャットが驚くほどのスピードで、ボンバーズたちを追い詰めていった。
 高台を見つけてよじのぼり、あたりを鋭く見回したリンクは、ボンバーズの証である青いバンダナを見つけてひた走る。目指すはミルクバーの屋上だ。
「うわ、来た!」
 団員は近くにいたコッコをひっつかみ、屋上から飛び降りようとする。このまま逃すと面倒だとチャットが思ったその瞬間、リンクはどこからか取り出した木の実を容赦なく投げつけた。
 パンと軽い音がして実が弾け、閃光が走った。リンクが投げたのはデクの実だった。音と光に驚いた団員はその場にへたり込む。コッコが声を上げて羽ばたいていった。
「お前で最後だな」リンクは悠々と団員をつかまえた。
「くっそー……やるなあお前」
『アンタ、子ども相手に容赦ないわねえ。こんな遊びで本気になるなんて』
 チャットの嫌味も何のその、デクナッツとなったリンクの表情は動かない。
 ただ、その脳裏に一つの単語が残る。
(遊び……か)
 うろのようなデクナッツの瞳には、故郷の森が映っていた。



「悔しかったらここまで来いよ、妖精なし!」
 木の上からリンクを見下ろすのは、そばかすの目立つ男の子――ガキ大将のミドだ。
 リンクはコキリ族の中でも特に体が小さかった。その分身軽なのだが、絶対的に上背が足りず、木のぼりは得意でない。
 それでも挑発を受けた彼はミドをきっと睨み、木の幹に足をかけた。
「おっ!?」
 ミドの驚きを聞き流しつつ、幹に抱きつくようにして足元を安定させると、上にあった枝に手を伸ばす。が、掴めなかった手がずるりと木肌をすべる。ひりひりするような痛みが走った。皮膚がめくれたかもしれないが、構わず幹を蹴りつけた。勢いづいたリンクは枝から枝を跳ぶようにのぼっていく。そう、ミドよりも上へ。
 たどり着いた木のてっぺんで、リンクは真っ赤になった手をぱんぱんと打ち合わせる。そうして呆けているガキ大将を見下ろし、「どうだ」と言わんばかりににやりと笑った。
「お前――」ミドが何か言おうとしたところで、
「何やってるの、二人とも! デクの樹サマが呼んでるわよ」
 コキリ族の仲間である少女サリアがやってきた。リンクもミドも、彼女にはまるで頭が上がらない。二人は睨み合い、同時に降りていった。器用にもずっと目線を合わせたまま。
 その数日後、ミドは「かくれんぼと鬼ごっこを組み合わせた遊びをしよう」と皆に提案した。
「鬼は、あの妖精なしな」
 コキリの森でミドに堂々と逆らう者はいなかった。コキリ族の証である妖精を未だ持たない、異端者のリンクを除いては。
「リンク……」サリアが明らかに口を挟みたそうにしていたが、
「任せろ。日暮れまでに全員つかまえてやる」
 何故か自信満々のリンクはまるで意に介さない。サリアはため息をついた。彼のこの性格が余計にミド一派を煽っているのだった。
 鬼となったリンクは持って生まれた身体能力を駆使して、宣言通りに次々とコキリ族をつかまえていった。途中までは、実に順調だった。
 休みなく故郷の森を駆け回っていたリンクはふと立ち止まった。いつの間にか、息が上がっていた。
 あたりは薄暗くなっていた。太陽の残滓がオレンジ色の木漏れ日を作り出す。このままでは夜になる。それなのに、ミドだけが見つかっていなかった。すでにつかまった取り巻きたちが「リンクの負けだ」とはやし立てる。他の皆も消極的に同意していた。サリアは首を振って、
「もうやめよう。こんなに暗かったら見つからないわ」
 リンクは幼馴染を見つめ返した。思わずサリアがたじろぐほどに強く、真剣な瞳だ。
「いやだ。俺は諦めない」
 と言って彼はサリアが止めるのも聞かず、暗い森に駆け出していった。
(あいつのことだ。きっとどこか、俺の目の届かない高みから見下ろしているに違いない)
 リンクの右往左往する様子を見てほくそ笑んでいるミドが頭に浮かぶ。さぞ、暗い中で目を凝らしていることだろう。
(それならこうだ!)
 リンクは持っていたデクの実を足元で炸裂させた。
「ぎゃっ」と悲鳴が上がる。リンクは即座に声の方へ視線を飛ばした。やはり木の上、目元を覆うミドがいた。彼はその幹に体当りして、上から落ちてきたミドを容赦なくつかまえた。
 ミドは着地失敗の痛みにうめく。
「卑怯だぞ、デクの実使うなんて!」
「そんなルールはなかった。俺は隠れている皆を見つけて、つかまえただけだ」
「ちょっと、二人とも!」
 ミドの叫びを聞いて駆けつけたサリアが慌てて間に入るが、今度ばかりはどちらも譲らなかった。結局つかみ合いに発展し、危うく片方が怪我をするところで仲間に引き剥がされる結末になった。
 ――二人は後日、デクの樹に別々に呼び出された。先に樹と対面したミドは「デクの実なんかを使ったアイツが悪い」と主張した。次にその理由を尋ねられたリンクは、親である大樹をまっすぐに見て逆に問う。
「俺は本気で鬼ごっこをしただけだ。手加減なんかしたら、相手を舐めてることになる」
『……リンクが真剣なことはわかった。が、それが相手に伝わるかどうかは別じゃぞ』
「伝わらなくてもいい。俺は遊びだからこそ、きちんとやりたいんだ」
 デクの樹はやれやれと息を吐く。かの老木が人型であったなら、肩をすくめていただろう。
 リンクの本気がミドに伝わったかどうか、次の機会ではデクの実への対抗手段として盾を用意してきた。そうすると今度はリンクがデクの棒を持ち出すなど、遊びはますます物騒な方向にヒートアップしていった。結果として、鬼ごっこはコキリの森の中では最も人気のある――そして少し危険な遊びとなった。



「なかなかホネのあるやつだったな」
「仕方ない、ヒミツの暗号を教えてやる!」
 ボンバーズを見事に下し、団員手帳とやらの進呈を固辞したリンクは、クロックタウン天文台へと続く水路を歩く。チャットの白い光が薄暗い地下道を照らした。
 何週間か前、スタルキッドがボンバーズに加入した。しかし、小鬼が町の人々に迷惑ばかりかけるため、ボンバーズは彼を団員から外し、新規の団員には入団試験を課すことにしたらしい。そのあおりを受けて、リンクの手間が増えたのだ。
「あの小鬼は余計なことばかりするな」
『そう言わないでよ。あいつだってきっと、構ってほしくてイタズラしてるんだから』
 チャットがとっさに異種族の友人をかばった。リンクはデクナッツの動かない表情のまま、声を険しくする。
「あれがイタズラのつもりだったのか? イタズラで、俺から馬とオカリナを盗んだと?」
 その剣幕に妖精はたじたじになった。
『た、多分。もちろんあれはやりすぎだと思ったわよ。でも……そう、スタルキッドはムジュラの仮面をかぶってからおかしくなっちゃったのよ』
 リンクが天文台を目指すのは、そこでスタルキッドの目撃証言があったからだ。スタルキッドはこの先にいるのだろうか。いないとしたら、かつてそこで何をしていたのか。
 そして、その行動は本当にスタルキッドの思考から出たものなのか。
「そうか。やつが遊びのつもりなら、こっちにだって考えがある」
 リンクはこぶしを強くにぎる。
 クロックタウンのどこにいようが、あの仮面と小鬼は必ず見つけ出して罪を償わせてやる。これ以上ない本気で追いかけて、追い詰めてやる。
 鬼ごっこなら昔から大の得意分野なのだ。

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