上映中は行儀良く



「ポップコーンは無いんですかい?」
「あたりめならありますが」
「ムード出ないねえ」

湯上がりの指先に、冷えた缶ビールの温度が痛いくらいに伝わってくる。四木はタオルで頭をガシガシと拭きながら、ビールとあたりめをテーブルの上に置いた。


四木は映画が好きだ。親の影響もあるが、子供の頃からそれなりの数の映画を見てきた。アクション映画、SF映画、サスペンス映画。様々なジャンルの映画を見てきたが、四木は恋愛映画が一番好きだった。これは今まで一人にしか言ったことのない、四木の中のトップシークレットだ。
その秘密を初めて話したとき、赤林は大層笑った。あの冷酷非情な四木さんが恋愛映画が好きだなんてねぇ、などと言いながら。四木は心底言わなければよかったと思ったが、赤林の次の言葉は意外なものだった。

「そんなに恋愛映画が好きなら、何かおすすめとかあるんでしょう? 今度四木さんちで見せてくださいよ」

その時、赤林と形式上の恋人となって一月が経とうとしていたが、未だに四木の家に赤林が上がったことはなかった。お互いベタベタとした関係は望んでいなかったし、職場で四六時中顔をつき合わせているのに、プライベートの時間まで一緒には、というのが二人の沈黙の内の認識だった。赤林は体は許しても心は許さないタイプの人間だったから、四木もそれは了解していた。
それが、赤林の方から四木の家に行きたいという。どういう心境の変化なのだろうか。
赤林の思惑は分からなかったが、四木はそれを承諾した。自分の趣味を相手に披露するというのは、ある意味セックスよりも恥ずかしいように、四木には思えた。



「それにしても、すごい設備ですねぇ。金かかってるんでしょう」
「まあ、趣味ですから」

四木の家にはホームシアターがある。スピーカーセットがある。映画専用の部屋がある。どこからどう見ても映画好きの家だった。部屋の壁際に置かれた棚には、モノクロ映画のBDから最近の映画のDVDまで、ありとあらゆるジャンルの映画のソフトが所狭しと並べられている。四木が準備をしている間、赤林はそのコレクションをもの珍しそうに眺めては引き出し、また棚に押し戻すということをしていた。

「いつも一人で?」
「休日には。……一緒に見る人なんていませんから」
「じゃあ、俺がこの部屋に入った他人第一号ですかい?」
「そうなりますね」

そうですか、と赤林はいたずらに笑った。四木は何か言おうかと思ったが、言葉が見つからなかったので準備を続けた。

柔らかいソファに二人で腰掛ける。一応二人掛けのものであったが、四木はいつも一人で座っていたので、隣に人がいるというのは奇妙な感覚をもたらした。
配給会社のロゴが流れたあと、映画が始まる。海外の映画は何故ロゴを冒頭シーンに組み込むのだろうか。どれだけの映画を見ても四木にはその理由が分からなかった。

「四木さん外国行ったことあります?」
「まあ、人並みには」
「おいちゃんはまだ行ったことが無くてねぇ。一度はこんな綺麗なとこに行ってみたいもんだ」

映画の中で、女が一人列車に乗っていた。車窓からは美しい草原が見えている。確かこの映画は美しい北欧の風景も売りにしていたはずだ。
北欧には一度だけ行ったことがある。当時はまだ学生で、今自分が身を置いているような業界とは縁がなかった。単なる観光に付き合わされただけだったが、彼の地は想像していたそれよりずっと美しかった。煉瓦作りの家々が立ち並び、少し街から離れれば木々に草花が生い茂る明るい森が広がっている。ちょうどこの映画の風景とよく似ていたのを思い出した。
場面は街中へと変わる。
ヒロインである女が、恋をする相手と出会うシーンだ。
相手の男は街では知られた軟派男で、ヒロインも最初は彼に対して不快感を抱いている。それでも簡単に恋愛関係に発展してしまうのは、海外映画でよく出てくるが理解し難い表現だ。

「こういうの、外国の映画でよくあるよねえ」

そういう赤林は、映画の男と似ている気がした。実際には顔も声も性格も似ていないのだが、どこか似ている。
──それは自分が、このヒロインのような立場でこの男のことを見ているからだろうか?
そう考えて頭を振った。赤林が映画の男と似ているとすれば、それは恋人のことを振り回すところくらいだ。そもそもベッドでは赤林ではなく自分の方が男役ではないか。いやそもそもそんなことを考えるだけ馬鹿らしい。俺は一体何を焦っているのだ。ああいつも赤林さんは俺を困らせるようなことばかり。

四木がふっと映画に意識を戻したときには、赤林はソファに横になり、身を丸めて眠りに落ちていた。
ぐっすりと眠るその顔を見て、四木は肩の力が抜けるのを感じた。自分はこの男への想いを思索していたというのに、当の本人は気持ちよさそうに寝ている。やはり自分はこの男に振り回されているのだろうか。

そういえば、この男が眠るところなど初めて見たように思う。誰にも隙を見せず、素顔を見せないこの男がこうしてソファで眠るなんて。四木には少しそれが滑稽にも感じられた。
そっと、赤林の頭を撫でる。赤林はそれでも起きる気配を見せず、擽ったそうに頭を四木の手に擦りつけた。その姿はまるで猫のようで、四木の頬は自然と弛む。
どうにも起きないので、四木は少しだけ悪戯してやろうと考えた。赤林の頭を持ち上げ、そっと自分の膝に乗せる。それでも眠りから覚めない赤林の髪を、ゆっくりと手櫛で梳く。いつもは前髪を上げてワックスで固められている髪は、今は入浴後のしなやかな柔らかさを持っている。年相応に傷んだ髪は、四木の指の間からするすると落ちていった。

「んん…………」

三十分ほど経っただろうか。昏々と眠っていた赤林が、小さく唸り目を開いた。

「ん……? 膝枕……?」
「これは、その、赤林さんがよく寝ていたので」

突然の覚醒に慌てながら、四木は返答する。早く下ろさないと、と考えるも、赤林が頭を退かす気配は無い。
そんな四木の様子を見て、赤林はふにゃりと笑う。

「ふ……可愛いねえ、四木さんは……」
「……あなたには言われたくありませんよ」
「それはどうも。……ね、四木さん」
「なんです、!」

グイッと頭を引き寄せられたかと思えば、次の瞬間には赤林の唇に己の唇が触れていた。数秒、唇を触れ合わせるだけのキスをした。
ゆっくりと離れると、赤林は未だ微睡んだ表情で微笑んでいる。

「キスで目覚めるなんて、映画よりもずっとロマンティックでしょう?」

映画見てませんでしたけどねぇ、なんて言いながらケタケタと笑う赤林に、四木は動揺を隠せなかった。
──どれだけ可愛いことを言うんだ、この人は。
四十前の男に可愛いなどとは、自分も大概酔狂ではある。赤林はというと、こちらも自分で言っておきながら顔を赤らめ、気まずそうに目を逸らしていた。

「……自分で言っておいて」
「ええ? ……そんなこと言わないでくださいよぉ、俺だって言ってからしまったなーって思うことくらいあります」

いじわるなんだから、とはにかみながら赤林は起きあがる。
いい年にもなって、まるで子供のような恋愛ではないか。そう思うも、四木にはそれが楽しくもあった。随分と赤林に毒されてきている。
そういえば、とスクリーンを見れば、既に映画は終わりスタッフロールが流れていた。

「……ごめんねぇ、寝ちゃって。おいちゃんから見たいって言ったのに」
「いえ、構いませんよ。私もほとんど見てませんでしたし」
「…………また、来てもいいですかい?」

きっとこの男も、自分と同じようにこの恋愛を楽しんでいるのだろう。堅く閉じられた心の鍵が解れてきているのを感じながら、四木はDVDの再生を止めた。


時雨さんリクエストで「ほのぼのした四木赤」でした。
ちょっと四木さんが女々しい感じであれなんですが四木赤を目指しましたですはい
まるで中学生のような四木赤ですがよろしければお持ち帰りください!
リクエストありがとうございました!





 


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