Exit



八月の太陽がじりじりと背を焦がす。いくら夏用とは言え、コートの上からこれは酷だ。それもこれも彼のせいなのだ。


平和島静雄が仕事を辞めた。
その話はすぐに臨也の下へ届いた。どうやら次の仕事を探すでもなく自宅に引きこもっているらしい。運び屋や友人が訪ねても、彼はただ帰ってくれと突っぱねるだけだったという。
臨也も、最初は様子を見ていた。静雄が仕事を辞めるのは初めてのことではないし、塞ぎ込むのもも何度もあったことだ。
しかし、静雄は二週間経っても家から出てくる様子は無かった。それで今日、とうとう臨也は静雄の自宅を訪れたというわけだ。


チャイムを鳴らしても静雄は出てこない。仕方なくドアを叩きながら彼に呼びかけた。

「シズちゃん? いるんだろう、返事してよ」

彼はそれでも何も答えない。電話はまだ持っているだろうと、彼の携帯電話へ掛けた。

『…………帰れ』
「シズちゃんの声聞いたの、久々だよ」

彼は死にそうな声で拒絶を表した。臨也の額を汗が一筋流れる。

「外はすっごく暑いんだよ。俺喉乾いてるんだけど」
『知るか。帰れ』
「何で引きこもってんの?」

通話を切るかと思ったが、静雄はそうしなかったらしい。だがそれ以上は話すことを止めてしまった。
前髪を掻き上げながら、臨也は携帯を持ち直した。髪の中は水で濡らしたように汗でびしゃびしゃだ。室外機を横目に見れば、稼働していない。静雄の部屋の中も暑いのだろう。

「何か不満があるんでしょ。言ってみなよ」
『…………お前には関係ないだろ』

彼の中で、何かが起こっているのだろう。詳細はもちろん臨也には分からない。静雄はどちらかと言えば感受性が豊かな方なのだ。些細な出来事でも人生を諦めてしまう節がある。

「関係無いからこそ話せることもあるでしょ」
『………………お前は俺をどうしたいんだ』
「そこから引きずり出したいんだよ」
『……勝手なこと言うな』

電話越しでは静雄の感情は分からない。とにかく臨也は直接話をしたかった。意地でも静雄を部屋から出したかった。

「何があったのか、話すだけでいいから」
『…………誰にも、このことは話すなよ』

そうして静雄は、ぽつりぽつりと語り始めた。
臨也が思った通り、また仕事で失敗したということらしい。ただ今回は彼の調子や気分、その他諸々の出来事がずれてしまったため、こんなことをしたのだろう。彼が仕事に成功したという話など聞いたことがなかった。聞けば聞くほどくだらない理由だ。

『…………どうせ、くだらないことだと思ってるんだろう』
「うん。思ってるよ」
『…………!』
「そんなことはみんな考えていることさ。それでも悩みながら生きてるんだ」
『……どうせ俺は弱い人間だ』
「君が人間ってのは認めないけど。……まあ弱い奴だね」
『…………クソッ!』

どこか行っちまいたい。

通話が切れる寸前、静雄がそう呟いたのを臨也は聞き逃さなかった。鬼の首を取ったかのように、したり顔で口をつり上げ笑う。

「じゃあどこかへ行っちゃおうか、シズちゃん!」

そう高らかに叫び、臨也は目の前のドアを蹴破った。伊達に静雄といつも喧嘩しているわけではない。


背中には相変わらず太陽がギラギラと照りつけていて、目を見開き携帯を片手にこちらをぽかんと見ている静雄には臨也の表情は見えていないかもしれない。それでも臨也は笑っていた。

「さて、どうするシズちゃん」
「…………バカかお前は」
「シズちゃんに言われると生きる自信を失うよ」

部屋の中はゴミだらけで、静雄もいつものバーテン服ではなくTシャツにパンツ一枚といったあられもない格好だ。こんな男が池袋最強だなどと誰が想像できるだろう。

「情けない姿だね、シズちゃん」
「うるせえよ……」
「でも、必死に俺と話したシズちゃんは可愛かったよ」
「キモい」
「もう意地を張るのは止めなよ。俺はシズちゃんと一緒にどこでも行ってあげるよ。遠い田舎でも、外国でも、あの世でも、君が行きたいところへ行こう」

静雄は舌打ちし、顔を背ける。しかし、耳まで赤くなっているので、照れていることを臨也に隠せてはいない。
臨也はずかずかと土足のまま家の中へ上がり込んだ。呆然としている静雄の顔を撫で、口付ける。その肌はじっとりと汗ばんでいた。



「さて、まずは手始めにハワイでも行こうか?」




 


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