静止と死



外では雨が降り続いている。梅雨に入り夏が近いからと言っても、肌寒さは否めない。
静雄はソファに腰掛け、ぼんやりとテレビを見ている。ここは臨也の事務所で、家主は急ぎの案件の処理に追われていた。助手の女は別の仕事で出ている。
一面ガラス張りの窓に雨が叩きつけられ、流れ、また叩きつけられる。静雄は肌寒い今日もTシャツとスウェットのズボンという薄着だった。彼のバーテン服姿は長らく見ていない。何故、ユニフォーム同然だったあの衣装を着なくなったのかと問うたことがあったが、彼は「苦しくなったから」と返すだけだった。
今も彼は、息苦しそうにテレビを見ている。


ようやく仕事がひと段落し、臨也はパソコンから顔を上げた。静雄はソファの上で膝を抱え、頭を埋めてじっとしていた。

「シズちゃん、おまたせ。仕事終わったよ」

静雄は何も答えなかった。最近、静雄はこちらの問いかけになかなか反応しなくなった。
臨也は黙って、静雄の横に腰を下ろした。それでも静雄が顔を上げる素振りさえ見せない。
今は夕方で、どこの局もつまらないニュースを流しているだけだったので、臨也はテレビの電源を切った。ようやく静雄が顔を上げた。

「……切るのか」
「今ニュースしかやってないし。見ないでしょ?」

静雄は目をそらし、唇を少し噛んだ。その顔色は悪く、臨也にはとても血の通った人間の顔には見えなかった。

随分と、その名にふさわしい男になったものだ。恋人になったから、というのが一番の要因かもしれないが、静雄は以前のように、臨也を見かけただけで自販機を投げてこなくなった。そもそも喧嘩らしい喧嘩も長らくしていない。元々笑う方ではなかったが、最近はだれも彼の笑顔を見ていないのではないだろうか。
平和で静かな男。彼は確かにそうなりたいと願っていたはずだが、今のこの姿が彼の望んだものだったのかは臨也には分からなかった。

静雄はまた、膝の間に顔を埋めていた。今度は顔を上げる気はなさそうだ。

「……シズちゃん、どうしたの?」
「…………どうもしない」

臨也はそれが嘘だとすぐに分かったが、だからと言って真実は分からなかった。彼を苦しめている何か。あるいは現実、あるいは社会、あるいは臨也、あるいは彼自身。きっと全てが当てはまって、全てが的外れなのだろう。


「……どうもしたくないんだ」
「え?」

「死にたいわけじゃない。生きていたいわけでもない。……ずっと、何も考えずに止まっていたい。……何かを考えるのも、もう疲れた」
「シズちゃん……」

微かに頭を動かして、膝と体の隙間から、確かに静雄はこちらを見ていた。その表情は伺えない。そして静雄はまた、下を向いた。


彼が望んでいるのは、完全なる停止なのだろう。これ以上リビドーを燃やさない、完全なる、タナトスへの渇望。膝を抱え縮こまり動かない彼の姿は、あるいは永遠の生への憧憬を抱いているようにも見えた。このままの姿で、生きもせず、死にもせず、ずっととどまる。それはまるで不死の存在だ。

(俺では君を救えないのか)

臨也はそれ以上声を掛けることが出来ず、黙って電源の切れたテレビの画面を見つめた。その中には、静雄と自分が写っている。



何度秒針が回ったのだろう。相変わらず雨はざあざあと降り続けている。静雄がようやく体勢を崩した。

「臨也」
「ん?」

努めて落ち着いて返事をしたつもりだったが、その声はいくらか不自然に震えていた。

「……お前と付き合ったら、救われると思ったんだ」
「……シズちゃん、それは……」
「でもそんなの、俺が勝手に期待してただけだよな」

そう言って静雄は玄関の方へと歩いていった。ドアの開閉音から察するに、恐らくトイレへ行ったのだろう。

彼は確かに微笑んでいた。臨也に向かって微笑んでいた。それは一切の救いへの拒絶だ。そのくせ自分は永遠の不変を望み、現状から脱したいともがく。

臨也はため息を付いたが、その口元は優しく笑っていた。


夕凪さんリクエストで「静雄が鬱っぽい臨静」でした。
静雄が死にそうなので比較的らぶらぶめです(^□^)
リクエストありがとうございました!




 


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