Psyche



臨也が死んだ。風邪をこじらせた肺炎だったそうだ。

俺とあいつの関係は何だったのか、今でもよく分からない。初めて会ったその日から殺し合った。そのうちキスをされるようになった。気づけば体を繋げていた。
いつだって何かを求めるのは臨也で、俺はそれに流されていただけだった。恋人とはきっと呼ばない。俺があいつに望んだことは、さっさと死んでくれることだけだった。俺が絶対に許せない場所に、あいつは立っていた。



臨也の事務所には、助手の波江さんが入れてくれた。全てを放っておいてさっさといなくなってしまうものだとばかり思っていたから、彼女が最後まで片付けをしたというのは意外だった。

通された室内には、家具しか残されていなかった。殺風景だ。一面ガラス張りの窓が、まるでこの部屋と外を区切るものが何もないように見せて、余計に物寂しく感じた。窓の外には新宿の夜景が広がっている。室内灯は付いていない。すでに電気は止められていた。


最後まで、臨也の本心を知ることは出来なかった。何を思って俺に口付けたのか、何を思って俺を抱いたのか、何を思って、俺を愛しているなどと言ったのか。きっと俺を傷つけたかったとか、そんなことなのだろう。考えさせるだけ考えさせておいて、実は単純なロジックを用いていただけ、というのはあいつの常套手段だ。
俺の携帯電話の中には、あいつから送られた膨大な量のメールが残っている。愛してる、好きだ、会いたい、キスしたい、抱きたい。心にもないことを言われているのは分かっていたが、俺は安物で偽物だろうと、人の愛に飢えていたので、黙って甘受していた。思えば馬鹿なことをしていた。全てはあいつの自慰行為だったのだ。

(さしずめ俺はオナペットか)

それもこれも、臨也が死んでしまった今となっては確認のしようもない。全ては闇の中へと葬られてしまったのだ。

がらんどうの部屋の中に唯一残されたパソコン。それが置かれているデスクの前には、あいつがいつも腰掛けていた椅子があった。革張りの大きな椅子だ。ゆっくりと、腰掛けてみる。思いの外柔らかく、体はどんどん沈んでいった。窓の外には相変わらずネオンが輝いている。

瞼を閉じれば、何もない部屋なのに臨也の匂いがした。俺はあいつを愛してなどいなかったが、この体にどれほど臨也は染み着いているのだろう。臨也の声も温度も感触も血も汗も涙も、全てが鮮明に思い出される。あいつにも、同じように俺の全てが染み着いていたのだろうか。潔癖な臨也に限ってそれはないように思われた。俺はあいつに愛しているなどと一度も言ったことはない。臨也も何も求めることはなかった。あれが、無償の愛というものだったのだろうか。愛情に対して経験の薄い俺には分からなかった。


何かが光った。瞼を光が突き抜け、流れる血が赤く透き通った。


目を開くと、パソコンの電源が付いていた。いきなり立ち上がりが完了していた。
何も触っていないのに、勝手にウインドウが開いていく。俺はただ眺めることしか出来なかった。
どんどん作業は進んでいって、メールブラウザのウインドウが開かれた。そして、それきり何も動かなくなった。臨也のイタズラかとも考えたが、多分イタズラではないのだろう。一通だけ、新着メールが残されていた。送り主の名は無い。
マウスを握って、メールをクリックする。短い文章だけが表示された。

『俺はここで生きてる』

ただ、その一文だけが記されていた。
少しすると、パソコンの電源はブツリと切れてしまった。再び部屋の中に闇が戻ってきた。



臨也はこのために、俺を愛していたのだろう。臆病なあいつらしかった。こうして何も無い部屋にあいつの匂いが残っているのも、きっとわざとだ。
臨也なんて、本当は最初からいなかったのかもしれない。ただ、俺が思い描くことのできる臨也の顔、体、声、匂い、その全てが本当に臨也なのだ。俺を愛した臨也、俺を殺そうとした臨也、俺と話した臨也、笑った臨也、怒った臨也、泣いた臨也、臨也、臨也、臨也……。
あの男がここにいた確証なんて何も無い。全ては俺の中にある。それが俺の世界での折原臨也の全て。

俺はあの男に、乗っ取られてしまったのだ。


臨也の妄想か静雄の妄想か



 


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