ワンダーランド・サーチライト
幕間




窓からは西日が差し込んでいる。
掃除洗濯も済んで、あとは夕飯を食べ風呂に入り眠るだけだ。
折原臨也はソファーに腰掛け、ノートパソコンのキーボードを叩いている。助手は既に帰り、静雄はまだ仕事だ。臨也は急に入った仕事のため、それなりに急いで情報を集めている。

(……シズちゃんが帰ってくるまでに終わればいいけど)

静雄はあれで人に気を遣いすぎるきらいがあるので、臨也はなるべく静雄の前で仕事をしたくなかった。静雄と一緒にいる間は、静雄をずっと見ていたいのだ。


30分もすると、静雄が仕事から帰ってきた。大分疲れている様子で、ただいまと小さく呟くと、臨也がおかえりと返すのも聞かず自室(臨也が静雄に与えたものだ)へ篭もってしまった。
その顔は憔悴していたように見えて、臨也はノートパソコンの電源を付けたまま畳んだ。



「シズちゃん、おかえり」
「………………ん」

着替えもそこそこに、静雄はベッドに腰掛け俯いていた。横顔に強く日が当たり、濃い影を生み出している。

「横、座るよ」
「…………ん」

臨也がベッドに腰掛けると、スプリングが一段と大きく沈んだ。だが、静雄のほうが体重が重いので、臨也の座っている場所から静雄の場所にかけて、なだらかな傾斜が出来た。

「……」
「……」

静雄が何も言わないので、臨也も黙っていた。
何かあったのかと問えば静雄はすぐに大丈夫だとごまかしてしまう。そのせいで今まで何度も静雄のサインを見落としてしまった。
そうして臨也は、静雄が落ち込んでいるときには何も言わず傍にいることを学んだのだった。


「…………今日、な」
「うん」
「…………」

静雄はまた黙り込んでしまった。ぱくぱくと口を開いては閉じ、言葉を選んでいる様子だったが、そのうちにそれも止めてしまった。
しばらくして、体の横に力無く流れる腕が、微かに動いた。
静雄が慰めを求めているとき、臨也に出来る手段は傍にいること、手を握ること、抱きしめることの三段階だ。今日の静雄は、手を握って欲しいようだった。

「シズちゃん、手、握ろうか?」
「……、…………うん」

静雄は静かに頷いた。
臨也が手を握ると、静雄は小さく握り返してきた。その手は震えていて、臨也の手を握り潰してしまわないよう怯えているようだった。


「………………今日な」
「うん」
「取り立て先で、また、人を傷つけちまった」

静雄は俯いたまま、ぽつぽつと語り始めた。
今日の取り立て先は腹立たしい客が多かったこと、我慢しよう我慢しようと5件目までは堪えていたこと、6件目でとうとう堪忍袋の緒が切れてしまったこと、力任せに客を投げ飛ばすと、その奥には幼い娘がいたこと。

「その子が、俺に向かって『お父さんをいじめるな』って言ったんだ」
「……そう。でもシズちゃんは悪くないよ」
「でも、その子にとっては、俺はお父さんを投げ飛ばした化け物だ」

臨也は静雄の手を握り直した。静雄は何も言わず、手の力を強めることもない。哀れな化け物に、臨也は心を痛めた。

「……仕方ないさ、誰からも好かれる人間なんていない」
「………………」

静雄は一層悲しい顔をして、目をぎゅっと閉じた。

「違うんだ、またキレて力を使っちまったのも、化け物だと思われたことも、本当はどうでもよかった」

「俺はそん時、お前に嫌われるのだけが恐くて……!」


静雄はしゃくり上げながら涙を零した。両手で顔を覆い、遂にはわあわあと声を上げ泣いた。
臨也は、そんな静雄の背を優しく撫でた。その度に静雄は泣くのを止めては、また激しく慟哭した。

「……人の心配より、自分のことを心配した自分が嫌になっちゃった?」
「ひっ、ひいー……」

指の隙間からぼたぼたと涙を落としながら、静雄は何度も頷いた。

「いっ、臨也、俺、お、れ……!」
「大丈夫、シズちゃんがどんな極悪人だろうと、嫌いになんてならないよ」

その言葉を聞いて、静雄は臨也の顔を見た。
涙に濡れた瞳が、不安げに揺れながら臨也を見つめている。この目に嘘はつけないな、と臨也は心の中で呟いた。

「シズちゃんが大量殺人犯だろうと、悪の大魔王だろうと、ただの人間だろうと、俺はシズちゃんが好きだよ」
「…………っう、ひぐ……」

静雄はまた顔をくしゃくしゃにして泣き出し、臨也の胸に飛び込んだ。

静雄は今、何を考えているのか。臨也には皆目見当が付かなかった。ただ静雄も、臨也の考えに気付いていないのだろう。
優しく静雄の背を撫でながら、臨也は顔を上げ天井を見た。その底が見えないほどに澄んだ目で、悪の大魔王は臨也自身なのだと静雄が知る日は来るのだろうか。



(……落ち込んでる君を励ますのも、泣いてる君をあやすのも、楽しくて仕方ないなんて誰が言えるだろう)

あの日、泣きながら「自分には秘密がある」と言ってきた静雄に、自分も秘密があるのだと言えていたなら。


もしもなんて考えるだけ無駄だと、臨也は静雄を強く、自分と1つにするように抱きしめる。それを受け止めるように、必死に臨也に縋る静雄の左手で、指輪が夕日を反射して輝いた。




 


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