ABからCに届くまで



「お邪魔します」
「おー、適当に座っててくれや」

俺は買ってきた酒やつまみを冷蔵庫に入れるために台所へ向かう。酒盛りはもう少し遅くなってから、よしんばそのまま事へ持ち込めるようにと俺は目論んでいた。静雄は酒弱いからな。


俺たちが所謂恋人という関係になって、1週間と少しが経った。
告白こそ俺がしたが、多分好きになったのは静雄が先だと思う。「付き合ってみないか」という俺の問いに静雄は顔を真っ赤にして、「トムさんがいいなら」と答えた。まるで受動的な回答だったが、唇をきつく結び頬を染めたその表情が、静雄は本気で俺のことが好きなのだと物語っていた。

中学生の頃こそお互いの家へ行き来していたが、卒業し一度疎遠になってから、俺も静雄も独り暮らしをし始めてから、お互いの家へ行ったことはなかった。いくら仕事仲間とは言え、飲むときは居酒屋だし遊びに行くのも街をブラつくくらいだ。社会人になってから、人との平均距離は随分遠くなってしまったと思う。
そうして今日、付き合い始めて1週間ちょいで明日は休みで、絶好の連れ込み日和に俺は静雄を酒に誘ったのだ。静雄はさほど照れた様子もなく、「いいんすか」と返してのこのこと付いてきた。恋人同士だという自覚は無いのだろうか?


「静雄ー、先風呂入るか?」
「いや、別にいいっすけど。何でですか?」

やっぱりそういう想像はしていないようだ。もしかしなくても静雄は、そういう経験が皆無なのだろう。

「や……まあいいならいいけどよ」
「はあ」

不思議そうに首をかしげ、静雄は居間へ入っていった。
付き合って3日目に手を繋いで腰に手を回したし、5日目にはキスもしたし(触れ合うだけの軽いものだったが)、その次の段階といったらこれしかないのだが。

(これは長期戦になるかもなあ……)

溜息を大きく吐いて、軽い菓子を持って居間に行く。
そこでは静雄が突っ立っていた。

「静雄、座っていいっつったべ?」
「ト、ト、トムさん……!」

ギギギ、と音がしそうなほどゆっくりとぎこちなく、静雄は顔だけこちらに向けた。

「何?」
「これ、こ、へ、へへ」

「ヘビ…………!」


静雄が指差す先には、大きな水槽がある。
その中で、俺のペットのヘビが気持ち良さそうに眠っていた。

「おー、可愛いべ? ドワーフバーミーズパイソンつってな、大人しくて結構人懐こいんだ」
「で、デカすぎっすよ……!」

ブルブル震えながら俺の後ろに隠れた静雄は、背が高すぎて俺に隠れきれていないながらも、まるで小動物のようだ。

「大丈夫だって、毒もねえし手で持っちまえば大人しいから」
「な、何しようとしてるんすか!?」

言いながら、俺は菓子をちゃぶ台に置いてヘビの入っている水槽の天板を外した。騒ぐ静雄に目を覚ましたのか、ヘビが活動を始める。水槽から出ようとしないので、俺は両手で持ち上げた。2メートルほどの体が、ぐねりぐねりと俺の両手を繋ぐように曲がった。

「ぎゃー! や、止めてください!」
「大丈夫だって、大げさだっつうの」

いつもの喧嘩人形ぶりはどこへやら、静雄はぎゃあぎゃあ喚きながら部屋の隅へ逃げ込んだ。静雄があまりにもいい反応をするので、俺の心にちょっとした悪戯心が芽生えてしまった。まああんだけ静雄も鈍感さを発揮してくれたんだ、これくらい許されるだろ。

「ほれ静雄、持ってみろって」
「あー! い、嫌だ! ぎゃー!」

俺と静雄で、ちゃぶ台の周りをぐるぐる追いかけっこをする。静雄は本気でヘビが怖いようで、こちらを見ようともしない。
何週か走ったところで、これ以上ヘビを興奮させないよう俺は水槽へ戻してやった。天板をはめたのを確認してから、静雄は恐る恐る俺の肩越しに水槽を覗き込んだ。

「マジ……なんなんすか。意地悪すぎますよ……」
「悪かった悪かった」
「……次やられたら、トムさんち破壊しない自信ありませんから」
「……それは勘弁してくれ」

可愛い仕返しの代償に住居を木っ端微塵にされてはたまったものではない。
静雄は水槽のガラスを突付いては、ヘビの挙動にビクビクと怯えている。思えば中学を卒業してからあまり会うこともなかった俺たちは、どれくらい互いのことを知っているのだろう。まるで静雄を理解しているのは自分だけのような気持ちでいたが、俺は静雄の何を知っているんだろう。


「……なあ静雄」
「なんすか?」
「ヘビ飼ってる俺は嫌いか?」

何だか女々しいことを聞いてしまっている。ただ、これから静雄を家に呼ぶことは難しいだろうな、と考えているのは確かだ。

「……なんすかその質問」
「んー……ワリぃな。やっぱなんでもないわ」
「そんなの……決まってんじゃないすか」


「こんくらいのことで、あんたのこと嫌いになったり……し、しないっすよ」

そう言った静雄の顔が赤くなっているのはさっきの鬼ごっこのせいだけではないだろう。
可愛いやつめ。




 


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -